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□にゃんと鳴く
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いつもよりはるかに低い目線、頭の上に生えた二つの三角の耳にケツから伸びた長い尾っぽ、毛むくじゃらの体。窓ガラスに映る姿はどう見ても猫。
何故おれがこんな姿になっているのか。それは言わずもがな、目の前で呼吸困難になるほど笑い転げているクソメガネの仕業だ。
事の発端はエルヴィンと次の壁外調査について打ち合わせをしている時だ。珍しい茶葉が手に入ったからどうだと突如ハンジがやってきた。
聞かない銘柄で、カップを手に取れば自分好みの香りがふわりと鼻孔をくすぐった。
それにつられたのがいけなかった。一服盛られてるとも気付かず口にしたらこの有り様だ。
「り、リヴァ、リヴァイがね、ねこ!ねこに!あーっはっはっ!はは!ひー!」
「テメェ…」
「ギャー!いってぇ!くっそいてぇ!!」
「こらこらリヴァイ」
「クソが!離せエルヴィン!」
メガネの顔面をバリバリと引っ掻いてやればエルヴィンにうなじをひょいとつままれ体がぷらりと宙に浮きそれを見たメガネが更に笑う。
怒りを上乗せされ再び飛びかかろうと暴れるもこの小さな体ではどうにもならなかった。
「はぁ…はぁ…あー、笑った…まぁ安心しなよ。明日には元に戻るからさ!」
そういう問題じゃない。
これ程の屈辱は生まれて初めてだ。それにたった1日といえど万が一俺がこんな姿になった事が知れれば兵士達の士気に関わる。
元に戻ったら生まれてきた事を後悔させてやる程の制裁を…そんな事を考えた時だった。
「エルヴィン団長、なまえです」
「ああ、どうぞ」
扉の外から聞こえた声にぎくりと体が強ばる。その人物はこの姿を最も見られたくない人物。部下であり俺の想い人であるなまえだ。仮にこの醜態を知られたとしても他人を思いやる事ができる心優しいなまえはどこかのクソでアホのメガネように笑う事も馬鹿にする事はないだろう。
そういう女だ。だがやはり惚れている以上プライドが許さない。嫌な汗が流れる。
メガネに無言の圧力をかけつつ首をひねりエルヴィンを見上げれば苦笑いをしながらわかってる、と頷き俺をソファーへとおろした。
「失礼します。団長、頼まれていた書類をお持ちしました」
「やぁなまえ、急がせてすまなかったね」
「いえ、とんでもありま………あら…?」
俺の存在に気付き目線を合わせるようにして身を屈める。喋りさえしなければどこからどう見てもただの猫だ。平静を装いつつなまえの動向を伺う。
「猫ちゃん…?団長、この子は?」
「さっき迷いこんできてね。もうこんな時間だし一晩くらいは置いてやろうかと思って」
エルヴィンの気の効かせた言葉もあり疑う様子はない。バレないようにホッと息をつく。
「ふふ、可愛い。こんばんは、猫ちゃん」
「!」
にっこりと笑い柔らかい手が俺の頭を優しくなぜる。なまえが故意に俺に触れるのは初めての事だった。
暖かく、あまりにも優しい手付きに無意識の内にごろごろと喉が鳴る。
「団長、よろしければこの子、わたしが預かってもよろしいでしょうか?」
「え?」
待て、何を言っているんだ。この状況をどう乗り切るかと思案してるというのに空気を読め。好いてる女と一晩過ごすなんざ生殺しもいい所。いや、何も知らないなまえにそれを求めるのはお門違いだ。何とかしろとエルヴィンに目配せするが顔をひきつらせ目をそらしやがった。この野郎。
「いいんじゃない?オッサンより可愛い子と一緒の方が喜ぶんじゃないかな。ねぇエルヴィン!」
「あ、ああ…そうだな…」
クソメガネが。テメェは俺に恨みでもあるのか。エルヴィン。テメェも流されてんじゃねぇよ。
「わぁ、ありがとうございます!じゃあ猫ちゃん、行こうか!団長、ハンジさん、おやすみなさい!」
「ああ、お休み」
「お休みなまえ!」
嬉しそうに俺を抱き上げるなまえ。抗議する訳にも暴れる訳にもいかず完全に逃げ道を失った。
こうなった以上もうどうする事もできない。必死に言い聞かせる。たった一晩。たった一晩だ。たった一晩猫を演じきればいい。腹をくくれ。心の中でエルヴィンとメガネにこれでもかというくらいに悪態をつきなまえに身を委ねた。
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