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□あの花
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空が好き。
「許可なく壁の上に上ることは禁じられているのを忘れたか?」
「今日だけは見逃してくれませんか?」
「そのセリフ聞くのは初めてじゃないが」
「あれ、そうでしたっけ?」
おどけてみせると兵長はため息をこぼしつつ少し距離を開けて腰を下ろした。
「で、落ち込んでいる原因は」
「失恋したんです」
「そうか。そりゃ残念だったな」
あなたが原因なのにその言い方はないんじゃないかと理不尽な言葉がでかかり抱えた両足に顔をうずめてやり過ごした。
「…」
「…」
沈黙を気まずいと思う一方で手を伸ばせば触れられる距離にいられる事が嬉しくもあった。
叶わない恋だと確定したばかりだというのに女々しい自分に嫌気がさす。
「どんな人なんですか?兵長の好きな人って」
「あ?」
知ったところで辛くなるだけだとわかっていたけど聞かずにはいられなかった。
「昼間新兵の子に告白されてるのを見ちゃったんです」
「覗きとはいい趣味してやがる」
「いやですね、本当にたまたまなんですってば」
「……まぁ、努力家で…よく笑ってよく泣いて…時々生意気なクソ可愛い奴」
一瞬とはいえ柔らかくなった表情。いかにその子の事が好きなのかという事がよくわかった。
やっぱり聞かなきゃよかった。
「告白したらいいじゃないですか。きっと叶いますよ」
「なぜそう思う?」
「だって人類最強に言い寄られて
「!」
骨ばった手が私の頭をなでる。
その手つきは乱雑だけれど確かに伝わるぬくもり。
兵長はいつだってそう。自覚があるのかはわからないけれど語らずとも人を優しさで包み込む術を持ち合わせている。そんな慈愛に満ちた彼に幾度救われてきたことだろうか。
でも今はそのぬくもりが、優しさが痛くて苦しくてたまらない。
どうか優しくしないでほしい。
その愛にすがりたくなってしまうから。
あなたへの想いを断ち切れなくなってしまうから。
「好きな女が失恋して喜ぶ