双頭の一翼(ホメロス救済夢)
□邂逅
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三年前、よく気の利くメイドがやって来た。朝から晩までメイド長にこき使われている様だが、文句ひとつ言わずに粛々と仕事をこなしている。
何時もは廊下の掃除をさせられているのだが、今日から持ち場が変わったらしい。
ホメロスは自室の扉がノックされ、またグレイグか、一兵卒のつまらぬ報告かと思って適当に返事をしたら、彼女が姿を現した。
「ホメロス様。エトワールと申します。本日より身の回りのお世話をさせていただく事になりました。至らぬ点が御座いましたら、どうぞ厳しくご指導いただきたいと存じます」
礼儀正しく挨拶をすると、エトワールはゆったりと部屋を見回した。
ホメロスは心底驚いた。まだ雇われて日の浅い少女が、いきなり一国を支える将軍の世話を任されるとは。
デルカダール城のメイドたちは、厳しく指導を受けており、メイド長も石頭だ。賄賂で持ち場を変えさせる事など不可能。
「適当にやってくれ」
ホメロスは、様子を見ようと本を捲りつつ、神経を張り巡らせた。
エトワールは、優雅に部屋を横切り、窓を開けた。春の優しい風が部屋中に広がる。
「あら?」
思わず、といった様子で彼女は声を上げた。
「ホメロス様は、ユグノアのご出身ですか?」
「......なっ」
その事実を知っているものは、城の中でグレイグと国王だけのはず。
「何故それを?」
「こちらに飾られている絵が、ユグノアに似ていたもので......。......なんとなく面影が......」
エトワールは、感じ入った様子で絵を眺め続けていた。ホメロスは本を閉じ、書棚に戻すと彼女の元へ歩み寄った。
「その通りだ。......もっとも、私はまだ幼い頃、デルカダールの騎士に孤児として拾われ、此処で育った。ユグノアでの生活は覚えていない。......貴女は、記憶にあるのか?」
「......三年前の出来事は、忘れ様にも忘れられません」
エトワールは、規則に則り結わえていた髪を解いた。ユグノア人らしい、真っ直ぐで美しい金髪が背中へと流れた。
「あの日、私は母に連れられ、年子の弟と共に城下を抜け出しました。雨の降りしきる中、魔物に囲まれ、母は崖から転落して亡くなりました。......不思議な事に、あの時私たち姉弟の姿を捉えた魔物たちは、一斉に踵を返して散って行きました。まるで......何か他に狙う獲物があったかの様に。......その後グレイグ様の兵が私たちを見つけて下さらなければ、どうなっていたか......」
「そうか。......気の毒であったな」
ホメロスは歯切れ悪く応えた。彼は、主君がその城を滅ぼした魔物の指導者に取り憑かれている事に、薄々勘付いていた。しかし、それを誰にも言い出せぬ理由があるのだ。