長編

□離れない
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今日はオフの日だった。俺はこの町をあんまりじっくり歩いたことがないから、暇だし散歩してみることにした。

「にしてもつまらねー街だな。町に行けばいろんな店あるのにここはなんもねー」

しばらく田舎ならではの静かな空気を吸いながら歩いた。
ふと、どこからか、小さな歌声が聞こえた。それはどこか嬉しさにあふれる幸せな歌。

「だれだよ?こんなすげー歌声の持ち主・・・」

声のする方へ歩いて行く。徐々にはっきりしてくる声。
どこかで聞き覚えのある声

「いた・・・」

その後ろ姿はいつも俺が目で追ってる女の姿で、どんなにアピールしたって決してこちらには振り向かない。
手に入れられない女。

「名無し・・・」

歌っている曲は青春めいた楽しそうな歌。こちらまでなんとなくリズムに乗ってしまう。

「名無し」

後ろから近づいて抱き付いてみる。

悲鳴とともに頭に猛烈なチョップが落ちてきた。
「だ、だれ?!・・・って環?」
「いってぇ・・・」
「ご、ごめん!!変態かと思って」
「変態じゃねー・・・くっそ馬鹿力・・・」
「今何ていった?」

黒いオーラをまとった笑顔。俺は前言撤回をした。

「わ、わりぃ・・・なんでもねー」
「ならいいよ。環は今日はオフなのかな?」
「ああ・暇だからちょっと散歩」
「散歩かぁ。いいね。この街は空気が奇麗だからリフレッシュできたでしょ」
「まぁな・それにしてもお前、歌上手いのな」
「え、ああ・・・聞いてたのか」
「ああ。ここでよく歌ってるの?」
「そうだね。何か嫌なことがあったり、いいことあったりしたらここに来る」

手を広げそよ風に身を預ける名無し。髪がさらっと靡いて少しドキッとしてしまう。

「ふーん。今日は、どっち?」
「今日は・・・いいことかな?」
「何があったんだ?」

するとにっこり彼女は笑って、ずっと片思いだった人に告白してもらえたんだ。

「へ、へぇ・・・そーちゃん・・・ではないよな」
「なんでそうちゃんなの」

とけらけら笑うと「大学の人」と嬉しそうに言った。
俺の失恋はここで決定で、なんとも無残にこの片思いは終わったんだとすげー落ち込んだ。

「環君?」

肩を落としテンション劇下がりな俺を名無しは気遣うが余計に悲しくなった。

「そっか・・・おれ・・・用事思い出したわ」
「そ、そう?でもなんかすごい顔色悪いけど・・・」
「いや・・・大丈夫。したらまたな」
「うん・・・またね!!!」

俺はふらふら歩く。王様プリンでも食べに行こうか。今日はやけ食いだ。そう思って喫茶店へ向かう。

その時数人の男の団体が前から歩いてきた。よけるのめんどくせーな
と思いながら俺はそこをやり過ごそうとした。ができなかった。


「お前とうとう名無しに告白したんだって?」
「そうそう。それがめっちゃ喜んでてさ。にしても単純だよな。明日にはただの罰ゲームでしたって言ってやろうと思ってる」
「何日で落とせるか。思ったより早かったよな。お前ルックスいいもんな」
「はは。しかしまぁ、押したらあっさり惚れてくるんだもの。軽いよな」


そんな会話を耳にした俺に我慢して聞き流せといっても無駄だろう。

「おい・・・」
「なんだ?」

お互いににらみを利かせ見合う。

「今、てめー・・・名無しって言わなかったか?」
「ん?名無し?ああいったよ。なんだお前の彼女か?あいつ二股するのk」
「てめー!!!その口うごかなくしてやらぁ!!!」

周りが騒ぐ。俺は止まらない。殴る蹴る踏みつける。今思えばアイドルっていう自覚を忘れて暴力沙汰をしてしまったのだ。

あちこちから悲鳴が聞こえる。

名無しが慌てて走ってきて負傷した彼氏を抱く。

「環君!!なんてことしてるの・・・大丈夫・・・?」
「こいつが突然喧嘩吹っかけてきたんだよ。名無し・・・いてぇ・・・抱きしめて?」
「うん!!うん!!」
半泣きで彼を抱きしめておれのほうを睨む。

「環君。なにがあったの?」

名無しの俺を見る瞳は怯えている。当たり前だ。アドレナリン大放出で目が血走ってるだろう。

「言ってもいいのかよ?」
「え?」

名無しは何が何だか分からず混乱している。

「名無しこいつの言うことはただのあてつけだk」
「そいつ、何日で名無しを落とせるかってゲームしてたんだよ」
「え?」

時が止まる。そこに笑い声がわいた。

「ぷはは。そうそう。おまえこいつに騙されてたんだよ。優しくしたらコロっていくのな」
「え、え?」

唇が震えて体が震えている。

「そうなの・・・?ねぇ?」

俺はどうしていいか分からなかった。これ以上暴力を振れば名無しは俺を避けるだろう。

かといって黙ってみているのも・・・そう思っていた時、パしんと乾いた音がした

「最低だよ。騙していたなんて。すごく想っていたのに・・・」
「てめーの勘違いだ。ちっ・・・いてぇ・・・つーかお前彼氏持ちなんだな。軽いのな」
「彼氏って・・・」
「この暴力男だよ」
「この人はともだt」

名無しの瞳にもう光は宿っていない。その震える声を男は遮った。

「もともとお前とはゲーム。俺彼女いるんだわ。悪いな」
「か、彼女・・・」
「おまえ、本当馬鹿だな。もう関わってくんなよ」
仲間に抱きかかえられへらへらと笑って去っていく男。
俺はまた殴りたい衝動に駆られる。でも周りに押さえつけられてなんもできなかった・・・

周囲のギャラリーに囲まれて一人涙をこぼす名無し。俺は堪らなくなって名無しを抱きしめた。



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