短編

□ほろ苦い日
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 相変わらずスッキリとしない空を見ながらいつもの定位置についた。机の上は昨日見えていたのが嘘かのように散らかっている。HLの日常は相変わらず非日常だ。3年前、崩落が起こりアメリカニューヨークと異界とが交わったその日から、この街の空は灰色の曇天、街中は騒がしいのが日常と化した。外からやってくるのはゴロツキに度胸試し、命知らずといった厄介なことが多い。そんななかで僕は秘密結社ライブラで働いている。今日はそれぞれ外に出ているのか誰もいないが。
 カリカリと字を書く音だけが事務所に響く。誰もいない事務所は本当に静かなものだ。はぁと息を吐き、伸びをした後椅子から立ち上がろうとしたときコトリと机にカップが置かれた。思わずその先を見ると少年がいた。

「お疲れ様っす。」

ニコリと笑う少年に驚きながら、ありがとうと返した。疲れていたのだろうか。少年の気配にも気づかないとは。自分の分も入れていたのだろう。ソファーに腰かけるとカップを傾けた。湯気の立ち上るカップを見ながら少年をチラリと見る。目の合った瞬間に顔を背けてくるのがたまらなく可愛いと思ったのはいつの頃だっただろう。初めはお荷物だと思っていたのに。

「少年、僕もそっちにいっても?」

「あ、はい!」

慌てた少年の声に心の中で微笑みつつ、前の席に腰かける。コーヒーの匂いを楽しむように目を閉じ、口に運ぶ。ほんのりとほろ苦い味はまるで自身の心のようだとも思う。特に何も話すわけではないこの空気が心地良い。少年がどう思っているかは分からないが、僕はこの時間が続けばいいのにと思ってしまう。きっとこの気持ちを伝える日はこない。このコーヒーのようにほろ苦い感情だけを心に残していくのだろう。だが、今はこの時間を楽しもう。何も無い。ただ幸せと感じるこの時間を。






 



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