Pistol

□その喜劇の終焉
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繰り返す毎日がどれほど虚しいのか俺は知っている。どんなに愛おしく思っていようと、いずれ苦渋の決断を強いられ、悲痛の炎を燃やす事になるという事も。

――大切で、あればあるほど




「初めましてアカネちゃん」

『は、じめまして、?』

「ああ、千道涼太です。宜しくね」

『よ、よろしく…』



白木の壁に光が渦巻き、真っ白で贅沢な拵えのカーテンが風でユラユラとまるで意思を持つ生き物のように蠢く。何もかもが淡い色合いで作られた広い部屋の一室に彼女――アカネは居た。

初めまして、か。多分、今の俺はその言葉が何よりキライだ。俺の限られたテリトリーに侵入を赦すようで、昔から好きになれなかったけれど(だって皆よろしくと言うくせに結局俺から離れていく)それなのに、今の俺は繰り返すんだ、

一番キライな言葉を、何かを探してるように何度も



『……』

「ケーキ、食べない?」



誰だろうこの人は。あたしの名前をまるで違和感なくその口から発し、口角をあげたこの人は(あ、キレイな肌、)誰だと問いたいし何であたしの名前を知ってたのか聞きたいしどうして此処にいるのか知りたい。嗚呼、でもなんて事だろう!(目を合わせた途端何も言えなくなった)静かに笑う「りょーた」さんはとてもキレイな眼をしてると思った。それに、優しい眼だとも。
警戒心を目一杯表に出してるあたしを見ても諸ともせず優しく笑い続け、挙げ句の果てにはケーキ食べるなんて聞かれたら、うん。拍子抜けしてしまった。なんて優しそうなオーラ(なんかマイナスイオン放出してそう)



「あれ、ミルフィーユ好きじゃなかったかな」

『好き!……です』



失敗したとでも叫びだしそうな表情で顔をくしゃっと歪めるアカネは何故だかとても可愛かった(変な顔なのにね)今までの取り繕われた表情が壊れたからかもしれない。何にせよ、緊張が取れた和らいだ顔は嬉しかった(好きと叫んだ時の彼女の顔には負けるけど)
思わずクスリと笑いを零すとアカネは軽く落ち込んだように下を向く。ごめんごめん、ねえ笑ってよ(それが作り笑いでも構わないから)そんな風に下を向かせたくて笑ったんじゃないんだ微笑ましいと思っただけ、で。俺が笑うことでアカネの笑顔が無くなるなら俺は笑うのを止めるから(なんて馬鹿げた考え)だから、頼むよ笑って、

(狂気じみた願いだろうか、君は僕を知らないのに)



「紅茶、アッサムで良かった?美味しい茶葉を貰ったから持ってきたんだ」

『あ、好きです、……一番』

「そう?良かった。じゃあ全部あげるよ」



何でこう都合良くあたしの好きなものを持って来るんだろうこの人は(ああ、これじゃ、)優しく柔和な微笑み、暖かくて穏やかな声色、そしてあたしの好物。そんな人を前に単純なあたしがいつまでも同じ態度で接せれるハズがない(モノに釣られたともいうけど)初めて会うのだから意図してないにしろ、「りょーた」さんはズルいと思う!なんて、こっそり心の中で抗議してみる(読心術を使われない限りバレない抗議)
貢ぎ物、と悪戯っぽく笑いながら紅茶の缶を振る「りょーた」さんをボンヤリと見つめる。重力に逆らって上に伸びてる焦げ茶の髪が凄い綺麗(やっぱりワックスかな、それとも地毛?)

ああ、
(突然だった、泣きたくて笑いたくて叫びたくて、だって胸の奥がとても痛い)



「俺が紅茶入れるよ」

『え、あ、でも』

「いいから、安心して?俺上手いよ、紅茶入れるの」



なんて笑って見せながら本当は泣きたいのだと君は気付くだろうか。警戒心を解いたアカネは無邪気で、だからその分境界線が浮き彫りになる(俺の踏み入れない、場所)無邪気で無邪気で、無邪気、で(だからとても残酷)




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