BOOK 頭文字D

□09
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『いらっしゃいませ…って』

「二人、好きなところ座るぜ」


掛け持ちのバイトの1つ
こじんまりしたコーヒーショップ
サンドイッチと、ケーキ何かを少しだけ置いて
ゆっくりと時間をつぶせる
私のお気に入りのバイト先だ

そこに、現れたのが高橋兄と弟

あいにく、今日のバイトは一人だけど
あと30分もすれば、バイト終了で
こっそり裏口から見つからないように帰ろうかな


「コーヒー2つと、ガトーショコラ1つ」

『コーヒー2つに、ガトーショコラですね』


お水を置いて、オーダーを確認して
足早にその二人から離れようとしたら
弟が腕を掴んで、軽く引くから
バランスを崩して
それでも、反対の手をテーブルについて、醜態はさらさずにすんだけど


「制服似合ってる。可愛いぜ」


耳元で、わざとらしく低めの声で言われて
顔に熱が集まるのが分かる
もうやめて、ここバイト先なんだけど…

結局二人はバイトが終わるまで、優雅にコーヒーを楽しみ
私服に着替えた私を、そのまま拉致して2度目になる高橋邸に来る羽目になった


「親父もお袋もいねぇから。兄貴、何か飲むか?」

「いや、大丈夫だ」

「凪は?」

『とりあえず、家に帰りたいです』

「ん、じゃあ紅茶でいいな」


相変わらず話の通じない
テキパキ、手際よく用意された紅茶を飲みつつ
どうしようか考えたけど
考えるだけ無駄だよね

右側には高橋弟、左には高橋兄
そして真ん中に座る私、デジャブ


『それで、今日は何の用なの?』

「いや、特に用はないんだが」

「まぁ暇だったし」


暇つぶしか
はぁとため息を吐き、手にもった紅茶をテーブルの上に置く
両側から二人の顔を近づいて来たな
と思ったら


「「俺達が凪に会いたかったから」」


両耳に響く、男性特有の低い声に
背筋がぞくりと震えた
逃げようにも、二人の間に座らされた時点で
逃げ道はないも同然
二人の唇が、控えめに耳元に降れば
ぴくりと体が反応する


『ちょ、くすぐっ、たい』


わざとリップ音を立てるあたり、二人とも性格は悪い
分かり切ってたことだけど
一通り楽しんだのか、離れていく兄と弟にため息しか出ない


「んでさ、お前いつまで兄と弟呼びなんだよ」


前はちゃんと名前で呼んでただろ
兄貴も俺もちゃんと名前があるんだけど

じっと見つめられ、いや、睨みながら言う弟
身を引けば、後ろにぶつかる兄

そう言えば、いつから名前で呼ばなくなったっけ?
自問自答
答えは、髪を切られて、二人と距離を置いたあの日から


「凪」


そっと呼ばれた自分の名前
すごくすごく優しい声で、すごくすごく優しい表情で


「俺も凪に、ちゃんと呼ばれたいんだが」


呼んでごらん?

素直に、呼んでしまいそうになる自分に驚く
でも、あの時決めたんだ
こんな私の感情に、巻き込んではダメ
優柔不断な私は、たぶん決断もすごく遅くて
答えなんか出ないかもしれないのに

そんな自分勝手に、二人、周りを
巻き込んではダメ


『ダメ、呼べない。そう決めたから…だから……』


ごめん

待って、待って
私は何を言ってるの?
ダメ、これ以上話をしたら
全部、汚い部分が出てきてしまう

2年前も今も、答えなんか出ないで
忘れてしまおうと、距離をとったのに


「勝手に決めんな。ちゃんと思ってる事があるなら言え」


逃がさない
そう弟の目が訴えていて
もう、どうにでもなれと
2年前の事も、思ってる事も全部全部吐きだした


「つまりお前は、俺と兄貴と、どっちも選べないから距離を取ったってわけだな」

『うぅ…か、完結にまとめると、そうなります』

「馬鹿か!お前は!!」


弟の大きな声に、ビクリと体が動く
泣いちゃいけないのに、涙が出そうになる


「啓介、言いすぎだ。凪も泣くな」


ポンポン頭に乗る兄の手
目の前には、気まずそうな弟の顔に、じわりと涙がにじむ


「泣くな」

『うぅ……無理ぃ…』


目元を何度ぬぐっても、一度あふれた涙は止まらないし
止める術も知らない


ぐいと、引き寄せられたかと思ったら
兄の胸に飛び込んだ形になって
そのままぎゅっと抱きしめられた
びっくりして固まっていれば、今度は弟に引き寄せられ抱きしめられた
この兄弟は何なの…


「とりあえず、呼び方を戻せ。あと、くだらない事考えんな」

『くだ、くだらなく、ない』

「いや、くだらないよ。もう俺達は答えを出したからな」

『え?』


答え?私が出すものなんじゃないの?
え?どういうこと?


「二人で凪を共有することに決めた」

「俺と兄貴、二人が凪の彼氏っつーわけ」


「「これから、よろしくな」」




…意味分からん、高橋兄弟



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