灰色の桜
□第二章
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しかし兼重は夕方になっても戻らない。
流石の平助も内心焦り出し、意味もないのに家の中を歩き回ったりした。
もう一度探しに出ようか迷ったが、もう空は暗くなり始めていた。
その日、兼重はとうとう帰ってこなかった。
次の日、平助は不安でよく眠れなかった目を擦って起きてきた。
今日は稽古あったため、おばさんの作った朝飯を食べると平助は元気なく道場に向かった。
もしかすると自分が立ち去った後、兼重が道場に寄ったかもしれないとあらゆる方向から可能性を考えた。
しかしそのどれもが現実によって打ち砕かれる。
道場には兼重は来ていないと師匠から聞いた。
平助はその日の練習は身が入らず、早く引き上げることにした。
帰り道、平助は最悪な結論しか頭に浮かばなかった。
兼重は出ていった。
自分を置いて。
何故だかは分からない。
でも兼重の様子がいつもと違っていたのは確かだった。
平助に後悔の波が襲いかかった。
あの時もっとちゃんと兼重に言い聞かせていれば、こんなことにはならなかったかもしれないと。
それでももう遅い。
いつ帰ってくるか分からない兼重に、もうどこにも行くなとは言えなかった。
平助はそれから毎日、あの笑顔と出迎えのない帰宅を繰り返した。
扉をくぐる度に、兼重が居ないことを実感させる。
外では明るく振る舞ってるつもりでも、家に帰ると途端に虚しさが襲って笑う元気さえなくなってくる。
そんなのらしくないと思いながらも、それだけ平助にとって兼重と過ごした日々が何よりも大切で、楽しかった。
だからその日々が戻ってこないかもしれないと考えただけで、平助は恐ろしく胸が痛むのが分かった。
兼重が居なくなって一週間。
もはや兼重の家出を認めざるを得ないことに、平助は悲しくなった。
こんなに家に帰ってこなかったのは初めてだ。
もともと兼重の家ではないから、家出なんていう言葉もおかしいかもしれないが、平助にとっては兼重は唯一の家族のようなものだった。
ここは兼重にとっても帰る場所なのだ。
兼重だって、ここを家だと思ってくれていたに違いないと信じていた。
平助はその日も、やるせなさと共に道場に向かった。
兼重がいなくなって家に一人。
なにもすることがないのなら、道場に行って身体を動かしている方がよっぽどよかった。
何もしないでいると考えは良くない方向にばかり向いてしまい、胸がズキズキと痛むからだ。
広い家に一人でいると、寂しさが襲って涙が出そうになる。
皮肉にも、以前より剣術に打ち込んだために平助の腕は急成長を遂げる。
もともと腕の良かった平助は、着実に段位を貰っていった。
今の平助にとって、剣の腕を磨いていくことだけが楽しみだった。
無心で竹刀を振り続けなければ、平助の心はすぐ折れてしまうような気がした。
兼重が居なくなったことは、平助にそれだけの傷を負わせた。
この傷が癒えることは果たしてあるのか。
平助は今日も、傷を誤魔化すために道場に向かった。