灰色の桜

□第一章
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平助に連れてこられた彼の家は、子供が住むには少し大きい民家だった。



「なんかさ、顔の知らない親が毎月仕送りしてくれるんだ」



そのお陰で生活には困ってない。


ただし代わりに両親を探してはいけないことになっているらしい。


平助は淡々とした様子で話した。



「あ、ごめん、こんなこと話しても困るよな」



平助は笑いながら兼重に謝った。


どう反応していいのか分からない兼重は、黙って俯くしかなかった。



「でも大丈夫!隣のおばちゃんが世話焼いてくれてるから」



兼重を警戒させないように、平助はなるべく明るい調子で言った。





その日はもう遅かったのですぐに布団に入った。


しかし、兼重はその夜は眠れなかった。


突然来た見ず知らずの家。


慣れない布団は居心地が悪い気がした。


どうしても寝付けないので体を起こし、隣で寝息を立てる平助を見やった。


平助は自分と一緒だと言った。


でも兼重はそうは思えなかった。



(俺はそんな風に笑えない)



平助の笑顔は眩しかった。


みすぼらしくて弱虫な自分にはあんな風に誰かに手を差し伸べ、笑顔を向けることなんて出来ない。


気がつくとまた一筋涙を溢していた。


目の前にいる子と自分があまりに違いすぎるから。



――間違えて生まれた子なんだ。



周りの人間がそう囁く内に自分でもそうなんだと思い込み、自分の存在を責めてきた。


他人なんて信用できなかった。


平助だって、もしかしたら自分を救うフリをして心の中では嘲笑って楽しんでいるのではないか。


そうやって思ってしまう自分が居ることにも嫌気が差した。


膝を抱え込み、月の明かりが差し込む小さな部屋で声を殺して泣いた。


一人で泣くことには慣れている。


明日目が腫れたって誰も気にしない。



「兼重、どうしたんだよ?」



寝起きで少し掠れた声が聞こえた。


驚いて思わず声のする方を見る。


月明かりに照らされた、心配そうにこちらを見つめる平助がいた。



「泣いてんの」


「………い、や」



泣いてるところを見られたくなくて咄嗟に顔を逸らしたが一度目が合ってしまったら誤魔化せなかった。



――泣き虫だって、馬鹿にされる。



そう思った直後だった。


突然体にぬくもりを感じた。


平助がこちらへ歩み寄り、しっかりと抱きしめている。


まるで赤子をあやす様に優しく、それでいて力強い、安心できる腕で。



「兼重はもう一人じゃねえよ」



兼重の心を読んだように、優しい声で言い聞かせた。



「だからもう泣かなくていいんだ」


「………!」



平助はまたあの笑顔で笑って見せた。


そしてそっと兼重の涙を拭って、頭を撫でる。


その手が大きくて、温かくて、兼重はまた涙をこぼす。



「あー、泣くなって言ったのに!」


「ご…ごめん」



大袈裟にむすっとした平助の言葉に、兼重は思わず謝った。


すぐに謝る癖が付いているのだ。



「んー、じゃあ、涙が止まるおまじないしてやるよ!」



そう言うと平助は兼重の額に口付ける。


兼重は驚いて目を見開く。


ぱちぱちと目を瞬かせた後、そっと平助の顔を見ると先程と変わらない笑顔でそこに居た。



「ほら、止まったろ」



楽しそうに笑いながらこちら指差す。


そっと自らの頬に触れると、流れていた涙はすっかり止まっていた。



「……おまじない」


「そ!おなじない!」



平助が笑うと、笑えるような気がした。


今まで笑ったことがなかった自分に、笑顔をくれる人がいた。
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