兼平ちゃん短編集
□潜入捜査 兼重編
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夕方。
部屋に戻った平助が目を丸くしたのは言うまでもない。
そこには完璧に芸妓の着物を着こなした兼重が立っていたからだ。
「かね…兼重…お前……」
「えへへ、平助、似合う?」
完全に動揺して言葉が出ない平助と、女装しているのに楽しげな兼重。
実際、兼重の芸妓姿は似合っている。
体格は平助よりもずっと大きなはずなのに、芸妓独特の着物だからだろうか、あまりそれを感じさせない。
平助は目の前の恋人を食い入るように見た。
しかし兼重は恥ずかしがる様子もなく
「花街の言葉ちゃんと喋れるかなあ。都の言葉なら少しは話せるけど」
そちらの方を心配していた。
器用な兼重はなんでもそつなくこなす。
喋りにしても達者な兼重は、普段からでも町の娘をよく笑わせている。
あまりにも兼重が普段と変わらずにいるので、何故だか平助の方が照れてしまう。
「あ、そろそろ行かなくちゃ。じゃあ平助、行ってくるね」
「え、ああ…」
ぼーっとしていたのか、平助は咄嗟に声が出ない。
兼重は重そうな着物を引きずりながら廊下を歩いた。
後ろから見ればまるで本物の芸妓のようだった。
(大丈夫かなあいつ…)
平助ははらはらしていた。
今回は幹部隊士にはこの話はきちんと通してあるし、あとは兼重が上手くやるだけなのだがやはり不安が残ってしまう。
それは万が一の場合を想像してのことだった。
新選組の間者だとバレたらどんな目に遭うか分からない。
平助は心配そうに兼重の後ろ姿を見つめた。
兼重が島原へ行って四半刻。
落ち着かない平助は、とうとう自ら島原へ出掛けることにした。
何人か見張りで行ってはいるが、やはり自分の目で見なければどうにもならない。
平助は早足で島原へ向かった。
適当な座敷に案内され、隣の襖に耳を当てる。
「つまり、俺たちの勝利は間違いねえってわけだ」
「これなら幕府も手が出せまい!」
「へえ、そうどすか…」
"幕府"という言葉に怪しさを感じた平助は、襖を少しだけ開けて中を覗いた。
当たりだ!
その座敷では浪士らしき男が5、6人、そして兼重の姿もある。
(結構上手くやってんじゃん…)
少し関心した平助は、再度その様子を観察した。
男達は随分と酔っているようで、兼重の肩に腕を回しながらなお盃を傾ける。
そんなことも気にせず兼重はニコニコと酌を続け、言葉も巧みに男の企みを聞き出していた。
すると男は得意気に話を続けるのだ。
それに答える兼重は確かに艶っぽく、平助でさえも鼓動が早くなる。
なんとか無事にやっていると、安心した平助が折角なので酒でも飲もうかと思ったその時。
──ガシャンッ
隣の座敷から陶器が割れるような派手な音が聞こえた。
平助は一瞬胆が冷える。
隙間から覗くとそこには…。