兼平ちゃん短編集

□発熱 前編
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兼重が空いた茶碗や湯呑みを洗って帰ってくると、平助は静かに寝息を立てていた。


兼重は先程と同じところに座りこむ。


普段の笑った顔とも、ムッとして怒った顔とも違う寝顔を、兼重は心配そうに見つめた。


顔にかかった髪を優しく指で払い除けると、平助はそっと目を開いた。



「ごめん、起こしちゃった?」


「…んーん」



小さく首を横に降り、寝起きの声で答えた。


先程洗い物をしてきた兼重の手は冷たく、平助はそのひんやりとした気持ち良さに自らの頬を擦り寄せた。



「…つめてえ」



兼重の手を握り、平助はそのまま目を閉じて眠りについた。


まだ完全に薬が効いていないのか、時折平助が苦しそうに咳き込むと、反対側の手で背中を擦った。


どうにかしてあげられないかと、平助の寝顔を見守りながら兼重は考える。


しばらく考え込んでいると、襖が開き、仕事が一段落したのか原田左之助と永倉新八が顔を覗かせた。



「平助、どんな感じだ?」


「ずっと眠ってる。まだ少し苦しそう」



相変わらず兼重の手を握りながら眠り続ける平助の方を見やり、小さな声で答える。



「平助の奴、思った以上に辛そうだな」


「馬鹿は風邪引かねえって言うのによ」



心配する左之とは反対に、場を和ませようとしたのか、新八は茶化してみせた。



「ふっ、確かにな。まあでも、それならお前は心配ないだろ、新八」


「なっ…左之、それはどういう…」


「ちょ…静かに。平助が起きる」



いつもの言い争いになりかける二人を、兼重は慌てて止める。


しまったという表情でそっと平助を見るが、先程と変わらず静かに寝息を立てていた。


ほっとした三人は、大声にならないよう気を付けながら会話を続ける。



「でも良順先生の薬は飲んだんだろ?」


「うん、半刻くらい前に」


「お、そっかそっか」



なら大丈夫だと言わんばかりに、新八は笑った。


余程松本先生の薬は信用されているらしい。


新選組内にはもう1つ有名な薬があるが、そちらはあまり効き目がないと評判で、風邪薬としては使われていなかった。


一方で、左之は平助の寝顔を覗き込み、なお心配そうに言葉を発した。



「まあ、いつも元気な奴がこうもへばってると、何となく心配だよな」


「うん、少しでも早く治ってくれるといいんだけど」



兼重と左之は荒い呼吸を繰り返す平助を見て、長続きしそうだと思ったのかそんなことをこぼす。



「いっそのこと、誰かに移せば早いんだろうがなあ…新八なら平気そうだけどよ」


「左之!さっきからお前って奴は…」


「怒るんじゃねえよ、褒めてんだろ」


「どこがだよ!」



またもや声を上げそうになる二人を兼重が押しとどめる。


はっとして口を押さえるが、すぐに困ったように笑いながら、



「俺たちがいると平助の養生にならねえな」


「んじゃ、木刀でも振るってくるかな」



二人は部屋を後にした。


途端に静かになった部屋には、眠り続ける平助と兼重の二人になった。


平助の寝息以外には、外の風の音や鳥の鳴き声しか聞こえないほど静かだった。



「……移す、かあ」



静かな部屋で兼重はぽつりと呟く。


昔から風邪は移せば治ると言われている。



(平助が辛い思いするくらいなら…)



まだ苦しそうに眠っている平助を見て、兼重はもう耐えられなかった。


握られていた手をそっと抜き取り、平助の頭が間に来るように、両手を床に付けた。


そしてそのままゆっくりと顔を近付け、唇を重ねた。
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