兼平ちゃん短編集
□うつつか夢か
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「待てって!!」
勢いよく起き上がって見えたのは、見慣れた自分の部屋だった。
自分の声で目が覚めた。
(夢か……)
呼吸が荒く、首元はじっとりと汗ばんでいて気持ちが悪い。
伸ばした手は夢の名残だ。
(悪い夢見たな……)
折角の気持ちのいい日なのに、と思い汗を拭いながらふと外を見ると、空は黒い雲に覆われ、しとしとと雨が降っている。
「寝る前はあんなに晴れてたのに…」
そんなに寝てしまったのかな、と不思議に思いながらも、汗を拭くために井戸へ向かった。
「……はあ」
なんとなく寝覚めが悪いのはやはりあの夢のせいだった。
兼重が自分から離れることを考えると、夢から覚めた今でも胸が痛む。
兼重の「さようなら」なんて二度と聞きたくない。
そう思うと平助は兼重を探していた。
傍にいるよな、どこにもいかないよな、と平助は確かめたかった。
しかし、何かがおかしい。
「あいつ…どこだ?」
部屋を見ても、広間を見ても、風呂場や勝手場を見ても、どこにも兼重がいない。
外に出掛けて雨に降られたか、雨なのにわざわざ用があって出掛けたのか…。
まさか夢の通りにどこかへ行ってしまったのではないかと焦りに駆られた平助は、廊下を走った。
ちょうど広間の角を曲がったところで、二番組組長、永倉新八に出会った。
「おい平助、走るんじゃねえよ」
走る平助を塞き止めるように、新八は軽く手を広げた。
しかし、焦る平助はそんな新八の注意も気にすることなく、早口に本題を告げた。
「あ、新ぱっつぁん、なあ、兼重知らねえか?」
「兼重?」
新八は驚いた様子で何度か目を瞬かせた。
「そう、さっきからどこにも見当たらなくて…」
平助が言葉を付け足そうとするのを遮って、新八が口を挟んだ。
「おい平助、兼重って誰だよ?」
「は…?」
その言葉に今度は平助が目を瞬かせた。
新八の表情を見る限り、ふざけているわけではなさそうだった。
妙な焦りが募っていく。
「いや、誰って…オレの……恋人、江戸から一緒にいたろ?」
恋人という言葉に少し恥ずかしさを感じたがそうも言ってられない。
その言葉を聞いた新八は大袈裟に驚いた。
「お前、平助のくせに恋人なんていたのか?!」
「え…?いや、ほら…」
兼重の説明をしようとするが、新八は衝撃のあまり平助の言葉が届いていないようだった。
(新ぱっつぁんだしな、酔ってるのかも)
まだ酒を飲む時間でもないが、新八ならあり得なくはない。
あまりに信じがたい反応に、平助は新八は放っておいて他の人を探すことにした。
自室の近くまで戻ると、今度は十番組組長、原田左之助が向こうから歩いてくるのが見えた。
左之は新八と違いしっかりしているし、常識人で人情にも厚い。
左之なら話が通じると思った平助は、小走りで左之に近づいた。
「なあ左之さん、兼重知らねえか?どこにもいなくて…」
おろおろしながら平助は尋ねた。
願わくは新八の言ったことが嘘であってほしいと微かな期待を込めて。
しかし、左之の言葉は平助の期待を裏切った。
「兼重?知らねえなあ…お前の知り合いか?」
その言葉に平助は絶望するしかなかった。
自分以外の人間から、兼重の記憶が無くなっていた。
(そんなはず…そんなはずは……)
平助は雨の降る外に飛び出した。
「おい、平助!」
左之が呼び止める声が背中に当たった。
だが平助は、髪や着物が濡れるのも構わず夢中で走った。
兼重が自分から離れるなんてあり得ない。
そう信じたい一心で、平助は兼重とよく行く甘味屋に足を運んだ。