兼平ちゃん短編集
□体育祭
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──体育祭当日。
薄桜学園の全校生徒が、昨日の予行よりも一段と盛り上がりを見せていた。
選手も応援も、声を枯らしながら懸命にクラスを優勝に導こうと団結している。
そんな姿は高校生らしく、きっと教師や保護者の目にはキラキラと輝いて見えるだろう。
これぞ青春という響きが相応しい高校生活の一場面であった。
「平助平助、次、俺出るから応援してね」
この賑やかなグラウンドに立つ、唯一の日陰が確保できるテントの下で兼重は言った。
ほとんどの人はクラスで出場しているメンバーや仲のいい友達を応援するために、日陰からは外れた日が照りつける暑いテント前に出ていた。
平助も先程まで応援しに人込みの一番前に出ていたのだが、喉が乾いたのと休憩を取るためにテント内の自分の席に座っていた。
そこに同じく応援していた兼重がやって来た。
「はー?誰がお前なんか応援するかよ」
スポーツドリンクの入った水筒を傾けながら、平助は相も変わらずの辛辣な言葉を兼重に返した。
それでもピクリとも表情を変えずに笑っている兼重に、平助は苛立ちを覚える。
そもそも平助は、今日この日はあまり兼重と関わらないようにしたいと思っていた。
(どうせ黄色い声援が飛んで来るんだし)
自分が応援しなくたって運動神経のいい兼重は難なく競技をこなしていくだろうし、それを見て兼重を応援する女子は大勢いた。
クラスメイトとして、恋人としてどれだけ叫んだって、その沢山の高い声に消されて自分の応援は兼重には届かないだろう。
そう思うとあえて応援なんてしなくていいとも思った。
応援することがアホらしく思えてきたのだ。
「そんなこと言わずにさ、俺、平助に応援してもらえたらいつもの2倍の力が出せると思うな」
にこにこしたままの兼重をちらりと一瞬見て、また人だかりで競技など見えないトラックへ視線を戻した。
平助が兼重を無視するのもいつものことだった。
その度に兼重は喜んだり興奮しているから、平助からは変態だと呼ばれることがあった。
しかしそれは平助に対してだけの特別な感情であり、他の人に対してはめっきりなかった。
特に女子にそういったことは一切言わないので、女子からは「紳士で優しいカッコいい人」という印象が離れずにあった。
平助はそれがいいのか悪いのか、自分に対してだけという特別なものは、この面において喜ばしいものとは思えない。
平助の傍を離れない兼重とそれを鬱陶しがる平助。
それを見て、二人の事情を知る者は楽しんでいた。
付き合い始めて3年が経つのだから、なんだかんだで仲はいいのだ。
仲がいいからこそ。
(応援なんかするか、絶対)
女子から応援されているのを見るのも、それに笑顔で答えている兼重を見るのも嫌だった。
「あ、そろそろ行かなきゃ。俺のことちゃんと見ててね平助」
兼重は少し真剣な顔をして告げた。
そして誰も見ていないのをいいことに、平助の頬に軽くキスをする。
「なっ、おま…学校でそういうことすんな!」
キスされた頬を押さえながら、平助は顔を真っ赤にして照れた様子で怒る。
それでも兼重はいつもと変わらない笑顔を向けて、入場門へ走っていった。
しばらく硬直したままの平助だったが、次の種目がアナウンスされると仕方なくテントを出て応援してる列の真ん中辺りへ移動した。