兼平ちゃん短編集
□潜入捜査 平助編
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「…な、何だよ」
誤解を解いたにも関わらず、未だ不安げな兼重が気になったのか、平助は不満そうに尋ねた。
「いや…平助可愛いなって思って」
「んなっ…」
真剣な顔をしているくせにそんなことを言うものだから、平助は照れて怒ってしまった。
これはいつものことだったのだが、兼重はまだ何か言いたそうだった。
「だから、可愛すぎて平助にその気がなくても、なにかされかねないなって」
「お前はまたそんなこと…!」
兼重はいつも平助が不審な輩に手込めにされないかどうかを気にしている。
線が細く小さな体で、あどけなさの残る顔立ち。
男でも可愛いと思ってしまう時があり、実際隊士の中でも平助を狙ってるものは少なくなかった。
その事も兼重を不安にさせた。
しかもこういった格好をしていては、自分だって抑えが効くか分からない。
ましてや酒の席で知らない男との密接距離にいては、何をされるか分かったものではなかった。
「俺は平助が潜入捜査するの反対だなあ…」
しょんぼりとして心配そうに呟く兼重を見て、平助も意地になった。
「オレだってやるときはやるっての!兼重はいらねえ心配しすぎなんだよ」
女の格好で男らしい発言をした平助を見て、それまで黙ってやり取りを見ていた総司は思わず吹き出してしまった。
「まあ、そんなに心配なら兼重君も客として潜入すればいいよ。その方が情報も集まるし」
まさに一石二鳥だと言わんばかりに総司はくすくすと笑いながら助言した。
「平助が襲われそうになったら助けてあげればいいじゃない」
総司の言葉に深く納得のいった様子の兼重は、いつにも増して気合いが入ったまま早速島原へと足を運んだ。
「…良かったのかよ総司、あんなこと言って」
兼重がいなくなったあと、平助は総司の言葉について尋ねた。
平助が不安に思ったのは、兼重は平助の事となると周りが見えなくなる、ということだった。
それについては平助も総司も、新選組隊士の親しい者なら分かっていることであった。
元々島原は男客が美しい女に酌や芸を見せてもらいながら酒を楽しむ娯楽の場所である。
もし何か事件が起こったとして、平助に何かあれば兼重は当然黙ってないだろう。
娯楽の場でそんな騒ぎが起こっては新選組側としても都合が悪かった。
何より兼重はよく嫉妬もする。
本人は我慢してるつもりだろうが、やはり平助が他の人と仲良くしていればもやもやと沈んだ雰囲気になるのは誰が見ても感じ取れた。
平助が女の格好をして男に酌をしているのを目の前で見ることも、兼重にとっては辛いことだろう。
嫉妬に負けて飛び出されては作戦が台無しになる。
平助は兼重も島原に行くとなった時点で、なにやらとても嫌な予感を察していた。
それとは裏腹に、総司は呑気に欠伸をしながら、
「大丈夫でしょ、兼重君だってやるときはやるし」
何処かで聞いたような台詞を用い、総司は部屋に戻っていった。