兼平ちゃん短編集

□雨の日
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「うげ、人多すぎ…」



自分と同じ考えの人間が沢山いることに絶望した。


これでは時間潰しが出来なくなる。



(あーもー今日ほんとついてねえ)



次の甘味屋まではまた少し距離があるし、これ以上移動するのも危険だった。


雷はまだゴロゴロと音を立てて空を支配している。


仕方なく先程の場所まで戻り、壁にもたれてしゃがみ込んだ。


すると先程の老婆と居合わせ、



「さっきはありがとうね、今度手拭いとお返しの品を持っていくよ。あんた、どこに住んでるんだい?」



手拭いなんて何枚でもあるし、何より自分が新選組の人間だと知られると軽蔑されるかもしれない。


そのことが平助にとっては何よりも切なくて、悲しいものだった。



「いやいいって、手拭いくらい」


「そうかえ?」



目を丸くする老婆を横目に、平助はまた空を見上げた。


雲は真っ黒で、遠くの方はまるで地獄にでも続くような先の見えない世界だった。



(早く帰りてえ…)



もう神頼みするしかないと思った矢先。



「あー、良かったここにいた!」



聞き慣れた声が平助の耳に届いた。



「あっ、か、兼重?!」



暗闇の向こうから現れたのは、新選組隊士の一人である兼重だった。



息を切らしながら傘を差し、空いた方の手でもう一本傘を握っていた。



「お前…なんでここに」


「雨が降ってきたでしょ、平助がまだ帰ってないからきっと雨宿りしてるんだと思って」



平助を見つけ、心底安心したような兼重が傘を渡す。



「さあ、帰ろ」



再び雨の中に繰り出そうとする兼重に、平助は少し戸惑った。



「…どうしたの?」


「あ、いや…」



気になったのは先程の老婆だ。


自分は迎えが来てくれたからいいが、老人がいつまでもここで、雨が止むか来るか分からない迎えを待つのも酷なことだろう。


若い連中とは違い、いざとなれば走って帰ることも出来ない彼女には、この雨は自分よりも遥かに大変な状況だと感じた。


そう思うと、平助は体が動いていた。



「ばあさん、この傘使ってくれよ。帰るの、大変だろ」


「おや…傘まで貸してくれるのかい」



老婆は何度も何度もお礼を言って、嬉しそうに帰って行った。


平助は何かいいことをした気分で、心は晴れ晴れとしていた。



「貸しちゃって良かったの?」


「いいんだって。オレにはもう一本傘あるしさ」


「え?」



そう言うと平助はすっと兼重の差す傘の中に身を入り込ませる。



「わ、平助…!」


「なんだようっせーな、早く帰るぞ」



思ったより密着する体が熱い。


平然を装ってはいるが、内心はドキドキした心臓の音は雨や雷よりもうるさく感じた。
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