兼平ちゃん短編集

□夏祭り
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祭り会場は人で賑わっていた。


多いだろうとは思っていたが想像を遥かに超えた多さで、ともすれば逸れてしまいそうだ。



「平助は何食べたい?」



いかにも嬉しそうな兼重が弾んだ声でそう尋ねた。



「えー・・・とりあえず腹に溜るもんかな」


「じゃあ寿司にする?」



兼重は何気なく平助の好物を返した。


そのことも平助は嬉しかったが、心を兼重に見透かされたみたいで気に入らなかった。


すぐ顔に出る平助は、ついついむすっとした顔つきになってしまう。



「にしても人が多いね」


「んー・・・」



適当に返事をしながら人ごみを掻き分ける。


兼重よりも背の低い平助は辺りなど見る余裕はなく、そのことも兼重に負けたみたいで平助の不満を増させた。



「あ、平助」



兼重は何かを思い出したように平助の方を振り返る。



「何?」



平助はむすっとしたまま素っ気なく返事した。


しかし兼重はそんな平助を気にも留めず、笑顔で平助の手を掴む。



「ちょっ・・・」


「逸れたら危ないでしょ?」



兼重はまるで当たり前だとでも言う様にしっかりと平助の手を握り、引っ張るようにして一歩前を歩いた。


兼重に主導権を握られてるような気がして少し癪に障ったが、



(赤い顔を見られなくていい)



なすがままに手を引かれ、人込みの中を進む。


兼重が前にいて人込みを掻き分けてくれるおかげで先程よりも歩きやすい。



「ねえ平助、茶店があるからちょっと休もうか」


「えっ・・・」



そう言うと返事を待たずに二人は近くにあった茶店に足を踏み入れた。



「あら兼重君、来てくれはったん」


「あ、どうも」



店の奥から出てきた茶汲女と親しげに声を交わすのは、兼重が普段から足を運んでいるためだった。


非番の日や巡察の帰りなど、休憩を取るときや甘味が食べたいときは決まってこの店に来ていたのだ。



「今日はお祭りやさかい、ここの場所を借りたんやけど・・・まさか兼重君が来てくれはるなんて、嬉しいわあ」



娘は本当に嬉しそうに笑顔を向けていた。


兼重もそれに合わせて笑顔で会話をしている。



(だから嫌なんだよ、こいつと出かけんの)



兼重は昔からよくモテる。


江戸にいた頃も京に来てからも、外に出ると決まって兼重に声を掛ける女が3、4人いた。


確かに顔がいいのは分かるし、喋りも達者だが、平助は何より自分の目の前で楽しげに話される事が気に食わなかった。


自分以外に向けられる兼重の笑顔がたまらなく嫌いだった。



(・・・もう勝手にしろよ)



半ばふてくされ、出された茶に口をつけたときだった。
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