灰色の桜

□第一章
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「やめろ!兼重!」



声を上げたのは平助だった。


兼重は表情一つ変えないまま、平助の方を見る。


平助は一瞬兼重が恐ろしかった。


今まで見たことのない、自分の知らない兼重がいる。


平助の目には恐怖と悔しさで涙が滲んでいた。


兼重は黙ったまま動かない。


平助は恐る恐る兼重に近寄り、そのままそっと抱き締めた。



「…もういいだろ…やめろ…」



祈るように小さく呟いた。


平助に触れられているところが熱い。



「…兼重…もう大丈夫だから…」



平助は兼重を抱き締める腕に力を込めた。



「…………あ…俺……」



少しずつ、兼重の目に正気が戻ってくる。


今まで身体を支配していたような感覚が嘘のように消え去った。


力が抜けたのか、兼重はその場にへたり込む。



「あ………ごめん…俺……何てこと……」



兼重は自分のしたことを思い出し狼狽える。


土下座したまま動けなかった大将は、二人の様子を見ると再度謝って逃げ去った。


もう彼らにいじめられることはないだろう。


そう思うと喜ばしいのに、兼重の気持ちは晴れなかった。



「………ごめん、平助…俺が弱いから…」


「気にすんなよ。それに最後のお前は……」



平助は言葉を濁した。


まるで鬼の子のような兼重。


でも今目の前にいる兼重は、いつもの兼重だった。


きっと、さっきの兼重は兼重じゃないんだ。


平助は自分にそう言い聞かせた。



「とにかくさ、もう遅いから帰ろうぜ?」


「……………」



帰ろうと立ち上がる平助とは裏腹に兼重は座り込んだまま立ち上がろうとしない。


不思議に思って平助は再びしゃがみ、兼重の顔を覗き込む。


ぱちっと兼重と目があった。


じっとこちらを見つめてくる兼重は、すぐに涙で瞳を揺らした。



「え?!ちょ…何で泣いてんだよ?!」


「……平助…俺………」



顔にも手足にもあざや傷ができた平助。


これらの傷は全て、自分がつけたものと変わらなかった。


自分が弱いばっかりに、平助が庇って傷付いたから。


自分に力がなかったから──。



「…俺が強ければ…平助が傷付くことはなかったのに」


「…そんなの別に…兼重はオレが守るし!」



平助はいつものように笑って見せた。


その笑顔が、今の兼重には余計辛かった。



「ほらー、泣くなっていつも言って……っ?!」



平助がごしごしと兼重の涙を拭っていたその時。


突然、平助は兼重に抱き締められる。


強く、きつく、力の限り抱き締められた。



「ごめん平助…」


「だ、だから気にすんなって…」



苦しくて、突然のことで驚いて、平助は上手く言葉を続けることが出来なかった。


そして兼重は、聞こえるか聞こえないかの小さな声で、こう呟いた。



「平助…俺、強くなるから」


「………え?」


「強くなって、平助のこと…守るから」



抱き締められているせいで表情は見えない。


でも声は真剣そのものだった。



「だから俺、もう泣かない」


「…!」



そっと離れた兼重は、もう泣いてはいなかった。


見たことないほど真剣な目で、真っ直ぐ平助の目を見つめる。


今度は平助が、兼重の目を見られなかった。



「ありがとう平助、勇気をくれて」


「…兼…重……」



そっと優しく笑う兼重を見て、平助は少し寂しくなった。


もう、兼重は自分を必要としないんじゃないか、と。


兼重が自分の足で立てるようになるのは嬉しい。


けれど、自分を頼ることがなくなると思うと、平助は自分の存在意義を見出だせなくなってしまう気がした。


平助は兼重と出会ってから今まで、兼重を守るために生きてきたから。


それでもそんなことカッコ悪くて言えないまま、平助も少し笑って見せた。



「そっか…なら、よかった」



平助は兼重の笑顔に、不安を覚えた。


何だか良くない予感がしたのだ。


それにより、平助にのし掛かる寂しさや不安は容赦なく大きさを増した。


そして、良くない予感は的中してしまう。



その日の夜。


兼重は誰にも告げず、家を出て行った──。
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