灰色の桜
□第一章
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「大丈夫!兼重はオレが守るから!」
──いつの頃からだったか。
「大丈夫、平助は俺が守る」
──君の背中を小さく感じるようになったのは。
嘉永2年──江戸。
その日のことよく覚えていた。
暑さが続く夏の日でも、涼しく感じる夕暮れ時。
木々の間から響く蜩の声はどこか寂しげな雰囲気を感じる。
風が吹けば、空に映える鮮やかな緑の葉が音を立てた。
薄暗くなる時間帯、買い物に出ていた人も、外で鬼ごっこをしていた子供達も帰る頃。
「お前、いじめられたのか?」
「うっ…ひっく……だれ?」
人気の少ない道の隅っこに、傷だらけでうずくまりながら泣いてる影があった。
一人の少年がその前に目線を合わすようにしてしゃがみ、顔を覗き込んだ。
「オレは、藤堂平助ってんだ!お前、名前は?」
「……兼重」
それが、平助と兼重の出会いだった。
「兼重っていうのか、さっきの奴にいじめられてんの?」
「…………うん」
兼重は小さく頷いて、また涙を溢し始めた。
手足や顔には無数の擦り傷があり、細い腕や脚にはいくつもの包帯が巻かれていた。
見るからに痛々しい。
さっきの奴というのは、平助がここに来る前に兼重をいじめていた彼らと同い年くらいの5人組。
平助が駆け付けると慌てた様子で逃げていった。
「お前家は?何処に住んでんの?」
「えっ……と」
兼重は少し困った様子で目を逸らした。
言うか言うまいか迷った挙げ句、先程よりも小さな声で
「……家は、ない」
と答えた。
どんな反応をされるか。
軽蔑されるか、引かれるか。
恐る恐る平助の顔を見やると、ポカンとした顔で目をぱちくりさせていた。
言うべきじゃなかった。
兼重は一瞬後悔した。
「家、ないの?」
驚いた様子で尋ね返す平助に、兼重は黙って頷くことしか出来なかった。
一度止まった涙がまた溢れそうで、目の奥が熱い。
「じゃあさ、オレん家来ればいいよ!」
「…へ?」
平助は予想外の返答をした。
"家に来い"
そんなことを兼重に言ったのは、当然平助が最初だった。
「オレもさ、親二人供居なくて…だから、オレと兼重、一緒だな!」
今度は兼重が目を瞬かせる番だった。
平助は飛びっきりの笑顔を兼重に向ける。
「一緒に来いよ、兼重」
眩しいほどの笑顔と供に差し出された手は自分よりも大きく感じた。
その手をそっと握り返し、兼重は平助と歩んでいくことを決めた。
二人が七つの時である。