兼平ちゃん短編集

□もしも、
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「もしも俺が死んだら、平助は悲しんでくれる?」



突然そんなことを言ってきたのはオレの恋人。


あまりに唐突な質問に、オレは目を瞬かせた。



「は?何言ってんだよいきなり」


「いやー、なんとなく」



オレの恋人、兼重は笑いながら答えた。


真剣な様子もなく、ただほんの雑談としての"もしも"の話。


「もしも死んだら」なんて縁起でもねえ。


寝転んでいたオレは上半身を起こし、じーっと兼重を見る。


すると兼重はずいっと近寄ってきて、同じ質問を繰り返した。



「ねえ、悲しんでくれる?」


「さあ…別に悲しまないんじゃね?」


「えっ!」



オレはいつもの調子で答えた。


こいつを調子に乗せたくないのはいつもの事で、冷たい言動ももうお約束だ。


兼重は流石に驚いた様子で、でも相変わらずおちゃらけた様子で、



「そっかー、平助は悲んでくれないかあ」



なんて言ってた。


そんなの嘘だって、きっと分かってるからだろう。


それもなんか見透かされてるようで腹が立つ。


オレも意地になって



「お前が死んだってなんも変わんねーよばーか」



などと言ってしまう。


どうしていつも思ってることとは反対のことを兼重に言ってしまうのだろう。



「少しくらい変わってよ〜」



兼重も兼重で気にした様子もなく笑っている。


オレはそのことがひどく不安になった。


本当に兼重が死んでしまいそうで。


オレの前からいなくなってしまいそうで。


その時はそれ以上会話を続けることはなかった。


兼重はいつものように「そろそろ夕飯の支度しなきゃ」と言ってオレの部屋を出た。


その背中を見て何故か胸が締め付けられる感じがした。


もう一度オレは寝転んで、目を閉じた。





──"その時"のことはよく覚えている。


6月5日。


オレたちが置かれている状況とは裏腹に星が綺麗だった。


空のてっぺんに出た月の光が、目の前を照らしていた。


その幻想的な光に不似合いなほど、足元は赤色で染まっていた。


オレは身体が少しだって動かせず、時間が止まったかのように目の前の光景を見ていた。


やっと動いた唇は、愛しい人の名を型どった。



「…………兼重……?」



そっと兼重の隣に座り込み、手を持ち上げた。



「………兼重?聞こえるか……?」



オレはもう一度名を呼んだ。


うっすらと目を開け、兼重はオレを見た。



「……へ………すけ……」



掠れた声がはっきりと耳に届く。


兼重はこんな時でも笑っていた。



「…よかっ………へいすけ、が…ぶじ、で……」



オレの手は震えていた。


それでも兼重の手は離してやらなかった。


きっとこいつは、オレに触れていたいだろうなって思ったから。


それは、オレが兼重に触れていたかったから、分かった。



「…へいすけ……かなし…まない……じゃ…なか………たの…?」



兼重はこんな時なのに笑いながらオレを見ていた。


光が消えていく瞳をオレは見つめ返した。


大好きだった綺麗な瞳。


いつもオレのこと見てくれてた。



「悲しんでねえよ……だって…」



言葉とは逆に、オレの目からは涙が零れた。



「オレが悲しんだら、お前、笑ってくれねえだろ……?」


「……へい…………」


「抱き締めてくれる奴が居ないなら…泣けないじゃんか…」



悲しくない、泣いてない。


そう言い聞かせるのに涙が止まらない。


どうしてこんな時にもオレは素直になれないんだろう。


兼重は最期の力を振り絞って、オレの頬に手を添えた。



「………あい…し…てる……へいす…け…」



兼重の笑顔は綺麗だった。


待ってくれ、まだお前にきちんと言ってないことが。



「兼重…!」



好きだ、愛してる、本当は悲しい、苦しい。


そんなのお前は知ってるのかもしれない。


でもオレの口から伝えたい。


閉じられていく瞳にオレの鼓動は速くなった。



「オレ……オレ、お前がいないと…生きていけねえよ…悲しいよ…本当は、」



兼重の呼吸が小さくなる。


まだ、まだあるんだよ、一番大事な、



「オレ、兼重のこと愛してるから」



流れた涙が兼重の頬に落ちた。


兼重の唇が小さく「ありがとう」と動いた。


オレには聞こえた。


大好きな声だから。


伝えられたのに、もう抱き締めてもらうことも、口付けを交わすこともできない。


兼重の閉じられた瞳から一筋の涙が流れるのを見た。


瞬きも忘れるくらい、オレはその光景を目に焼き付けた。


見たくないのに、その瞬間を忘れてはいけないと思った。



──ああ、世界が変わる。

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