兼平ちゃん短編集
□嫉妬されたい
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「はあ…」
晴れた日の昼下がり、縁側でため息を吐く者が居た。
その人物とは、藤堂平助。
新選組の八番組組長を務める最年少幹部だ。
長く綺麗な焦げ茶の髪は高くで結わえられ、翡翠色をした瞳は伏し目がちに下を向き、長い睫毛を際立たせた。
小柄な体格は後ろから見ても、その小さい背中が物語っている。
まるで女のように細い身体と顔立ち。
屈強でごつい男がほとんどの新選組では、目の保養になると共に狙われやすい容姿であった。
実際平助を狙う男は少なくはない。
しかし、平助を襲う者が一人としていないのは理由があった。
幹部隊士だからというのも勿論だが、平助には"恋人"がいたからだ。
その恋人とは─。
「あ、平助だー!」
向こうの方から元気よくこちらに駆け寄ってくる一人の男。
「……兼重…」
この兼重こそが、平助の恋人だった。
平助より4寸ばかり高い背、藍色の長い髪は平助と同じく高くで結わえられている。
まるで役者のように整った顔立ちをした彼は、町の娘から高い人気があった。
今も、町で買い物をして帰ってきたところだった。
「今日海老が安くてさ、天ぷらにでもしようと思うんだけど」
「ああ…」
兼重は顔だけでなく性格も文句のつけどころがなかった。
家事はそつなくこなし、当然剣の腕も幹部隊士と変わらない。
それに加えて柔術にも長け、よく気が利く彼は隊内においても信頼され、人気だった。
完璧な彼に唯一の欠点があるとすれば、平助に惚れ込みすぎた結果、一風変わった性癖を持っているということくらいだった。
それでも優しくて強い自慢の恋人なのは変わりがない。
自分には勿体ないくらいだと平助は思うこともあった。
それと同時に、平助の溜め息の理由でもあった。
「それとねー、これ知り合いに貰ったんだけど」
兼重は買い物の籠の中から可愛らしい小包に入った箱を取り出す。
「これ、期間限定の餅らしいよ。ね、一緒に食べよう!」
兼重は嬉しそうに笑顔でその餅とやらを見せた。
平助はこれが気に入らない。
(知り合いって…どうせ女の子だろ)
兼重は甘味が好きで、非番の日にはよく食べ歩きしていた。
当然平助と一緒に回るのだが、問題はそこではない。
甘味処の娘は勿論、その娘の友達や近くの店の娘などが兼重を見つけると、いつの間にか囲まれていることなどざらであった。
そのくらい、兼重はモテるのだ。
そしてその内、兼重と話す機会が増えた娘たちは巡察の時でも声を掛けることがあった。
兼重が外に出かけると、必ずと言っていいほど娘たちから何か貰って帰ってくる。
娘たちは平助と兼重が付き合ってることを知らないのだろう。
純粋に兼重に恋してる娘も、平助は何度か見てきた。
兼重も兼重で断ってくれればいいのにと、平助は不満が募るばかり。
兼重は悪びれもなく、ただ『知り合いがくれるお裾分け』程度に思っているのかもしれない。
鈍感なところがある兼重は、向こうが好意を寄せているのも気が付いてない可能性だってある。
だから渡されたものは貰ってしまうし、声を掛けられれば笑顔で手を振ってしまう。
自分のことになると鈍くなるのだから、平助は余計苛立ちを隠せなくなる。
兼重にその気がないのは分かってはいるが、平助はどうしてもその度に嫉妬してしまう。
「………平助?どうかした?」
「……別に!」
平助はそっぽを向いて兼重に背を向けた。
そのままどかどかと足音を立てながら自室に戻る。
「あっ、ちょっと平助…!」
後ろから兼重が呼ぶ声が聞こえたが、平助は無視して進む。
平助が兼重を無視したり冷たい言葉であしらったりするのは稀ではなかった。
嫉妬から来る苛立ちや、単に恥ずかしくて素直になれないからこそ言ってしまう言葉ばかりだった。
心にもないことばかり言ってしまうのがもどかしい。
簡単に嫉妬してしまう自分が卑しい。
部屋で一人、平助はうずくまりながら気持ちを落ち着かせようと努める。
(いっつもオレばっかり嫉妬してるみてえ…)
これでは自分だけが兼重を好きなように思えてきて、何だか悔しくなった。
いつも好きだとか愛してるだとか、簡単に言われてしまうから、たまには真剣に伝えて欲しい。
もっと兼重に愛されてると実感したい。
「……そうだ…!」
平助はガバッと起き上がる。
「兼重に嫉妬させよう…!」