兼平ちゃん短編集

□川の向こう側
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薄桜学園に通う藤堂平助には、想い人がいた。


友達には誰にも言ったことはない。


知ってる人と言えば、小学校の頃から同じ剣道の道場に通う沖田総司や斎藤一くらいだろう。


平助は何度も溜め息をつきながら、その日も夕日が沈む通学路を歩いていた。


携帯を付けては消し、ポケットにしまってはすぐに取り出した。


平助の住む家の近くにはやや広い幅の川がある。


毎日見る川で、夏休みになると昔はよくここで水遊びをしたり花火やバーべキューをしたものだった。


今くらいの時期には、天体観測等と言って星を見に行ったこともある。


中学に上がった頃から立ち寄らなくなったこの川に降りる草の上に、平助は何となく座り込んだ。


空はよく晴れてて、夕日が眩しい。



(そういえば、今日七夕じゃん)



何日か前から学校の玄関にも笹が飾ってあり、色とりどりの短冊が揺れていた。


「単位落としませんように」とか「彼女ができますように」とか、そんな願い事が書かれていた気がする。


平助は特に興味が持てなかったので短冊なんてものは書かなかった。


書いたとしても、人目につくように飾るなんてことはできないと思う。


ふと空を見上げると、もう一番星が輝いている。


平助は座っているのも面倒になって、ごろんと寝そべった。


このまま夜までこうしていたら、天の川が見えるだろうか。



「織姫と彦星かあ…」



平助はぼそっと呟き、もう一度携帯を取り出してホーム画面を開く。


何も通知が来ていないのを確認すると、平助はまた溜め息をついた。


もう3週間近くになる。


平助の想い人──兼重から連絡が来なくなってから。


想い人、と言っても片想いではない。


むしろ、告白は向こうからだった。


幼馴染みで、物心ついた頃から兼重が好きだった平助は、無論即OKだったし、両想いになれたなんて今でも信じられない。


そんな兼重は中学2年の時、家の都合で遠くへ引っ越した。


その際に別れるかどうか話し合いもしたが、結局お互い好きな気持ちは変わらないのでこのまま関係を続けようということになった。


そう、いわゆる「遠距離恋愛」だ。


兼重に会えない日々は寂しかったが、彼は毎日のように電話をくれた。


その日あった他愛もない話や、次はいつ会えるかとか、二人は眠気が襲うまで話すのが日課だった。


平助は声を聴くだけで幸せになれた。


それなのに、最近は電話をくれないどころかこちらが電話をかけても出ないことが多かったり、LINEで一言謝ることが増えていた。


平助は不安になる。


お互いどんな生活をしているかまでは分かるはずもない。


もしかしたら他に好きな人ができて、遠距離なのを良いことに自然消滅させようとしているのか。


会えない月日があまりにも長く、もう自分への熱が冷めてしまったのか。


連絡がつかないから、平助はどんどん悪い方に考えてしまう。


確かに、恥ずかしくてそれまでこちらからは一度も電話を掛けたことがなかった。


いつも兼重から電話をくれて、メッセージも自分から送ることは滅多になかった。


それでも兼重への気持ちは変わらないし、数ヵ月に一度会えるときはそれなりの恋人らしいこともしてきた。


平助は兼重に飽きられたのではないかと思うと、胸が押し潰されそうになる。


昔からそうだったが、兼重は女子によくモテる。


小学校の頃からバレンタインはチョコをたくさんもらってたし、中学になっても告白してくる女子は少なからずいた。


平助も告白されることはあるが、高校は男子校のため滅多にない。


たまに、物好きなのか同じ制服を着た生徒に告白されることもあるが…。


ともかく、兼重の周りに女子がいないことはほぼないに等しかった。


離れてからというもの、平助は兼重の心変わりだけが心配だった。


こんなこと言えば、兼重は「そんなわけない」と困ったように笑うのも分かってはいるけれど。


連絡をくれない今、どうしても平助は不安でならなかった。


自分達は本当に離れていても想い合えているのだろうか。


もう一度空に目を向けると、向こうの方が紫色に変わってきている。


ぼんやり遠くの雲を眺めていたら、こんなどうしようもない悩みは薄れてくれるだろうか。


暑くなってきたとはいえ、夕方になると風も涼しかった。


その風が気持ちよくて、平助はうとうとと瞼が落ちる。


初夏の風に吹かれながら、平助は眠ってしまった。
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