兼平ちゃん短編集

□王子と姫
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薄桜学園。


元男子校のこの学校では、1ヶ月先に文化祭を控えていた。


藤堂平助が属するクラスでは、文化祭の出し物として劇をすることに決まっていた。


劇の内容としては、「一国の王子が村娘に恋をし、王や世間に反対されながらも二人で逃げ延び幸せに暮らす」というなんとも有りがちなものだった。


クラスで10人にも満たない女子たちはこういった話が大好物だ。


高校生という青春真っ只中の彼女たちにとっては、憧れの話なのだろう。


しかし、女子たちは単に乙女心をくすぐる恋愛ストーリーをしたいだけではなかった。



「ねえ、王子役は兼重君で決まりでしょ?」


「えー、藤堂君もいいと思うけど」



そう、このクラスには学園内でもトップに入る、いわゆる「イケメン」が二人もいたのだ。


クラスメイトにとってはこの二人を舞台に立たせない手はない。


しかも王子役となればかなり目立つ。


二人のどちらかがやれば、優勝は間違いないと誰もが考えていた。


しかし。



「オレはパス。裏方がいいや」


「えー!なんでだよ平助」



推薦された一人、平助は王子役は辞退すると言い出した。



「いやだってさ……台詞とか覚えらんねえし、演技だってできねえし」



平助はこういった行事は好きだが、どうも演劇となると遠慮したいところがあるらしい。


それよりも準備や当日にみんなでワイワイ盛り上がれればそれでよかった。



「お前どう見たって役者だろ?!」


「やだよ!演技とか苦手なんだって」



平助はめんどくさいから断るわけではないことは、皆分かっていた。


無理矢理に説得したって、本人が楽しくなければ罪悪感が残る。


折角の文化祭なのだから、皆が納得した上で楽しみたい。


となると、他に王子役ができるとすれば…。



「兼重は?!お前はやるよな?!」



兼重は先程のやりとりをニコニコしながら聞いていた。


一縷の望みだった兼重に話を振る。



「兼重頼む!」


「兼重君が王子やってくれたら、うちのクラス優勝間違いないよ!」



それでもなおニコニコしている兼重の答えは、皆が思っているよりも軽く発せられた。



「まあ、別にいいよ」


「やった!!」



皆の必死な懇願で、兼重は王子役を引き受けた。


となると次に熾烈な争いになるのは…。



「はい!私娘役やりたい!」


「ちょっと待って、最初に兼重君のこと推薦したの私よ?私がやる!」



女子たちが揃って娘役を取り合う。


男子たちは複雑な心境でそれを見ていた。



「あー、モテる男は大変だなあ兼重?」


「あはは……」



兼重も苦笑することしかできなかった。


当然のことながら、娘役は当人たちでは決まらない。



「ねえ兼重君、誰に娘役やってほしい?」


「えっ!」



ついに兼重に推薦するように振られ、本人は焦った。


自分の恋人役になるのだから、下手なことは言えない。


しかし、兼重には別の意味で困ったことがあった。


本当は、兼重には娘役をしてほしい人物がいたからだ。



「ええっと…」


「誰なら娘役にしたい?!」



女子たちの容赦ない詰め寄りに、兼重は本当に困ってしまう。


兼重はちらりと平助の方を見る。


平助はそんな光景を不機嫌そうに見ていた。


兼重と平助は、恋人同士だったのだ。


この事実はクラス内でもあまり知られておらず、知っているのは小学校から一緒の仲のいい人くらいだろう。


隠しているわけでもないが、二人は幼馴染みでもあったために、仲良くしていても付き合っていると疑う人もいなかったのだ。


だから女子たちは、兼重の恋人役の枠を必死に奪い合っている。


本物の恋人がいる前で──。



複雑な気分なのは平助の方だった。


まさか兼重が王子役を引き受けるなんて思ってなかったのだ。


自分が出ないなら向こうもやめると言うかと思っていた。


しかし、クラスのことを考えるとそうも言ってられないのも事実。


自分が勝手に辞退したのだから、口出しできないのも分かっていた。


本当の兼重の恋人は自分なのに──。


でもだからって、自分が娘役をするとは言い出せるわけがなく、平助は暗い表情のまま俯いてしまった。


結局、そのままどうすることもできず、最終的に立候補者をくじ引きして決めることにした。
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