兼平ちゃん短編集
□潜入捜査 兼重編
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「はあ?!またかよ!!」
ここは新選組屯所。
その日は朝から大きな声が響いていた。
「また…って、前回何の収穫もなかったんだから、当然でしょ?」
先程の声の主は、新選組八番組組長、藤堂平助の物だった。
そして、彼に落ち着き払った声色で対応しているのは、同じく一番組組長、沖田総司だ。
「そりゃ…左之さん達が居るとは思わねえじゃん」
平助は口を尖らせながら毒づいた。
平助は先日、京都一の花街、島原へ女装して潜入し情報を集めていた。
しかし、思ったように結果が得られず、今回も同じ仕事を任せられた。
平助にとってみれば、好き好んで女装したいわけでもなければ、情報収集等という性格上向いていない仕事はしたくなかった。
「それでも最近浪士が増えてるって噂があるし」
「じゃあ総司がやりゃいいじゃん…なんでオレばっかり」
平助は特に女装するという部分が不服なようで、なお文句を続けた。
「だから、平助しか出来ないでしょ。一番細いんだし」
「嬉しくねーよ!!」
自らの体格を気にしている平助にとって、細いや小さいというのはただの悪口でしかないようだ。
二人が言い合いをしていると、偶然通りかかった兼重が平助の姿を捉え、嬉しそうに駆け寄ってくる。
兼重と平助は恋人となって随分と経つ。
駆け寄った兼重は、そのまま平助を後ろから抱き締めて会話に加わった。
「何の話してるの?」
「おめーには関係ねえっての。いちいち引っ付くなよ!」
鬱陶しそうに平助が手で払い除ける仕草をしても、兼重はニコニコと笑っている。
「平助が島原に潜入してくれないんだよね」
「潜入?また女装するの?」
総司が軽く説明をすると、兼重その瞬間に顔つきが変わった。
「駄目だよ絶対!平助をあんな格好で二度と座敷に出させたら!駄目!!」
必死に訴える兼重を少し見直した、と思ったのも束の間。
「綺麗な平助を見た輩が変な気でも起こしたら!!酒も入ってるし!!」
そっちかよ、と平助は心の中で突っ込んだ。
そして見直した事をすぐさま後悔する。
やはり兼重は兼重だ。
兼重は必死に訴えるが、総司は表情一つ変えず言葉を発した。
「そんなに言うなら、兼重君が潜入する?」
「おうとも、やってやるよ!!」
「はあ?!」
即答した兼重に驚いたのは平助だった。
まさかそんな簡単に総司の提案を受け入れるとは思っていなかったのだ。
総司は面白半分に物事を言ったりするから、今回も冗談のつもりだったのかもしれない。
しかし兼重は、平助が女装して誰かに襲われるくらいなら、と自らその役をかって出た。
(いや襲われる前提かよ)
平助は心の中で呟いたが、なんとか女装を回避できた安心感と共に、兼重が女装する事に少し不安も感じていた。