兼平ちゃん短編集

□独占欲
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それは、何てことのない普通の日の出来事だった。


兼重は一人、彼らしからぬ不貞腐れた顔で部屋に座り込んでいた。


いつもはにこにこしていて、恋人である新選組八番組組長、藤堂平助の近くにいるはずである。


兼重は平助がこの上なく大好きだった。


それは自他共に認めるほどの愛でっぷりであり、平助本人も表面上は嫌がっているように見えるが、内心は満更でもないことを兼重は知っていた。


どれだけ辛辣な言葉を言われようと、素直になれないところも可愛いんだ、と兼重は常に前向きだ。


中には兼重の怒った表情を見たことがないという者さえいた。


しかし、今の兼重からは普段の彼を一切感じることのないイライラした様子だった。


部屋で一人でいるということもあるが、人間誰しもあからさまに不機嫌な人へ話しかける者はいない。


ましてや、普段怒らないような人間が腹を立てているのを見ては余計だ。


そこで話しかける者がいれば、それは余程空気が読めない愚か者か、唯一兼重が強く出られない平助くらいであろう。


だからそんな兼重に話しかける者はおらず、一人で胡座をかいているばかりである。


そんな時、勢いをつけて襖が開いた。



「あ、兼重こんなとこにいたのか」



入ってきたのは平助だった。


平助は兼重が不機嫌だということも知らず、いつもの口調で告げた。


平助はさほど気に留めた様子もなく兼重に近付く。


兼重は平助の顔を見上げると、先程の"出来事"を思い出した──。




それは兼重が部屋に籠る少し前の話である。


買い物から帰ってきた兼重は廊下を歩いていた。


天気もいいので平助と団子でも食べながら茶をすすろうと思ったのだ。


当の本人が何処にいるのだろうかと、兼重は中庭の方へ足を運んだ。


見慣れた後ろ姿が見える。


思いの外早くに平助が見つかり声を掛けようとしたその時、兼重は一瞬動きが止まった。


見れば平助と並んで楽しそうに雑談している一人の平隊士がいた。


恐らく平助の部下だろうが、それにしても距離が近い。


兼重は怪しく思ってそっと近づき、耳をそば立てた。


隊士は懐から掌に収まるくらいの小包を取り出した。



「藤堂さん知ってますか、この間凄く美味しい饅頭屋を見つけたんですが」



なるほど、手に持っているのは何処かで買ってきた饅頭のようだ。


兼重はそのまま観察を続けていた。



「今の時期しか出回らないらしくて。良かったら食べてください」


「え、いいのか?」


「もちろんですよ、藤堂さんにも是非食べて頂きたい」


「へへ、じゃあ…ありがたく貰おうかな」



隊士は平助の手を取ると饅頭を手渡した。


しかし。



「藤堂さん、手が冷たくありませんか?」


「そうか?」



ただ単に饅頭を渡すだけならともかく、その隊士はそのまま平助の手を握り出した。


さらに、わざとらしい演技で平助の手を撫で回す。



「寒くなってきましたもんね。風邪でも引いたら大変です」



そう言うと平助の肩に、擦るようにして手を回した。


時折回した手を二の腕や首に持っていき、さも当たり前かのように撫でる。


その目は明らかに平助を狙っていた。


しかし平助はそんな事に気付いた様子もなく笑っているばかりだ。



(あいつ……)



兼重は途端に機嫌が悪くなる。


普段兼重が怒ることがないのは、平助が彼の恋人である事を知っており、手を出す者が居なかったためだ。


そうでなくても、相手が幹部級となれば気安く手出しする者もいない。


しかし、今平助にベタベタしているのは新入隊士なのであろう、二人が付き合っているのを知る様子もない。


平助は誰とでも仲良くなれるから、新入りの平隊士にも親しげに声を掛ける。


元々細身の体格で、顔立ちは女のように端麗である平助。


屈強な男ばかりの屯所内で、華奢な平助に見惚れる隊士は少なくなかった。


そのせいもあり、その隊士はすっかり平助の虜となってしまったのだろう。


平助本人がその事に気付いていないことも、兼重の不満を募らせた。



「そうだ。熱いお茶でも淹れて一服しましょう。その方が饅頭も美味くなる」



そう言うと隊士は平助の手を引いて何処かに行ってしまった。


注意する機会を失った兼重は仕方なく部屋に戻り、今の状況にある。


じっと顔を見つめ、何も言わない兼重に、平助は少し恥ずかしそうに目を逸らした。



「な、なんだよ」



視線が気になり、思いきって尋ねたその瞬間──。
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