兼平ちゃん短編集

□発熱 前編
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「うー…頭いてえ……」



季節と季節の変わり目。


暑い夏から一気に涼しい気候に変わり、突然の温度変化に体がついていけずに体調を崩す者は多かった。


新選組八番組組長、藤堂平助もその一人だった。


いつもは元気に走り回り、周囲の者へ元気と明るい笑顔を与える彼も、気候変動には耐えきれず、この日は部屋で大人しく布団に潜っていた。


元々薄着で露出も少なくない格好をしているため、余計に温度差を感じてしまったのだろう。


体は燃やされるように熱く、頭はかち割れるかのように痛かった。


咳も出るため喉も痛い。


鼻は詰まって呼吸が苦しかった。


相当な熱が出ていてふらふらと足もおぼつかない。


平助はぐるぐると回る天井を見つめ、苦しそうに短い呼吸を繰り返した。


屯所内は巡察に出掛けたり壬生寺で稽古中の隊士が多いのか、いつもより静かに感じた。


平助はこの方が頭に響かなくて良いと思った。


下手に煩くされては治りが遅くなってしまいそうだ。


しばらくすると、静かに襖が開いて見慣れた顔が見えた。



「平助、具合どう?」



心配そうに声を掛けながら覗いたのは、平助の幼馴染みであり恋人でもある、同じ新選組隊士の兼重だった。



兼重の手には盆に乗せられた薬と水、お粥の入った茶碗があった。


苦しさで返事が出来ない平助の隣に腰を下ろし、平助の額に乗せられた手拭いを取り替えた。


兼重は朝から平助に付きっきりで看病している。



「平助、ご飯作ったけど食べられそう?」


「あー……食欲ねえ…」



いつも朝昼晩の食事は関係なく、永倉新八とおかずを取り合う平助の食欲がないとなると相当具合が悪いに違いない。


兼重の心配は余計に募った。


しかし、ここで暗い顔をしては病気にもよくない。



「でも、薬飲まなきゃいけないし、一口だけでも食べて?」


「んー……」



兼重に支えられながらのそのそと体を起こし、平助は横に置かれたお粥を見やった。


兼重に茶碗を手渡され、力なく木匙を握る。


それでも平助は食欲が湧かないのか、匙でお粥を混ぜることしかしない。


そんな様子を見兼ねた兼重は、



「平助、ちょっと貸して」



平助から匙を取り、一口の量を掬う。



「はい、あーんして」



口の前まで持っていくと、平助は素直に口を開けた。


熱で思考が回っていないのか、いつもであれば恥ずかしがって絶対にしないことにも何の躊躇いもない平助に、兼重はドキッとした。



(…可愛い)



口に入れられたお粥を咀嚼している間も、平助はどこか一点を見つめぼーっとしている。


頬は火照っていて少し赤く、涙で潤んだ瞳には、どことなく色気が感じられた。


少し伏し目がちになると長い睫毛が際立ち、寝るのに邪魔だと結わえていない長い髪は少し乱れて、汗ばんだ頬にへばりついている。


そんな無防備な平助に兼重はつい見とれてしまい、手が止まった。


じっと見とれていると、翡翠の瞳がこちらを捉えた。



「…何?」


「あ、いや…何でもないよ」



先程から動かない兼重に違和感を感じた平助が尋ねる。


咄嗟に目を逸らしたが、兼重の心臓は跳ね上がった。


誤魔化すようにお粥を掬う手を動かし、続けて平助に食べさせる。



「…美味しい?」


「……ん」



こくんと頷き短く返事する。


半分ほど食べた後、腹が膨れたのか平助は食べるのをやめた。


食欲がないと言っていた割りに食べてくれたことに、兼重は多少安心した。



「じゃあ平助、次は薬ね。良順先生の薬だからよく効くよ」



新選組の健康診断によく来る松本良順という医者から預かった、小さな懐紙に包まれた薬を取り出した。



「飲める?」


「…んー……」



力のない返事をして、兼重から薬と水を受け取る。



「…苦いのやだな」


「でもよく効くから」



良薬は口に苦し。


これさえ飲んであとは安静にしておけば、明日には熱が下がるだろう。


平助もその事はよく分かっているため、素直に水と共に口へ流し込んだ。



「……にが」



余りの苦さに平助は顔をしかめた。


その様子に兼重は頬を緩ませ、そっと頭を撫でる。



「よく飲めたね」


「子供扱いすんな」



むすっとした平助は兼重の手を払いのけ、すぐさま布団に潜った。
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