兼平ちゃん短編集
□本音が聞きたい
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「平助大好き!」
「あーもーうるせえ!付いてくんな兼重!」
京都壬生、新選組の屯所では、朝から賑かな声が響いていた。
相も変わらずやり取りしているのは、新選組八番組組長である藤堂平助と、その恋人の兼重であった。
平助と兼重は付き合って何年か経つが、毎日このようなやり取りで、周りからはまるで兼重が一方的に平助を好きなように見える。
屯所にしている八木家の廊下をずしずしと歩きながら、平助は後から追いかけて来る兼重に一喝した。
「オレは今から巡察なんだっての!」
「じゃあ俺も行く!」
「来んな!!」
平助にどれだけ罵られようと、全ての言葉を笑顔で受け流す兼重は一風変わった性癖の持ち主だった。
平助の言葉がどれだけ辛辣であろうと、それが妙に嬉しくて興奮してしまう。
(あれはきっと照れ隠しだし)
兼重は平助がつっけんどんに暴力的な言葉をぶつけるのは、自分が平助に対する積極的な行動に照れてしまっていると考えていた。
しかし、実際に平助が兼重をどう思っているか聞いても、そのような答えが返ってきたことはなかった。
「好き?」と聞くと「嫌い」と返ってくる。
たまにふと、平助は本当に自分が嫌いなのではないかと思うことさえあった。
それだけ平助は兼重に対して愛情表現をしたことがなかった。
そのことに兼重は寂しさを感じたが、それよりも本当に嫌われてしまうという恐怖はさらに大きかった。
「とにかく、オレは今から巡察だから。お前は留守番!」
羽織を着た平助は、まるで犬に対して言い付けるように言うと、門で待っていた自分の部下と共に京の町へ出掛けていった。
家に残った兼重は、きちんと平助の言い付けを守り、一人留守番していた。
今の時期、他の隊士は出張に出ているか体調を崩しているかで、屯所内にいる隊士はそう多くない。
兼重は暇を持て余し、人の少ない屯所をうろうろし始めた。
「暇だなー…」
意味もなく廊下を往復した。
とある部屋の前に来たとき、その部屋から一人の人物が出てきた。
「あ…山南さん」
「おや、兼重君じゃありませんか」
おや、と言いながらも、特に驚いた風もなく山南は言った。
「こんなところで何をしてるんです」
いつもと変わらない穏やかな口調で尋ねる。
兼重は少し困ったように笑いながら
「いやあ…平助にお前は留守番って言われて、暇してたところ」
と正直に告げた。
「藤堂君ですか…」
平助の名を口にすると、山南は呟きなから何やら考えているようだった。
やがて考えが纏まったのか、山南は不気味とも取れる笑顔になった。
「ところで兼重君、最近藤堂君とはどうですか」
「えっ!!」
兼重は思わず声をあげてしまった。
どう、というのは詰まる所恋仲として、という意味であり、まさか山南から自分たちの色恋沙汰について聞かれるとは思ってもみなかったのだろう。
しかし、山南はにこにこと兼重の答えを待っている。
しばらく考え込み、兼重は正直に現状を話した。
「平助とはまあ…上手く行ってる、方じゃないかな…」
「自信なさげですね」
先程考えていたこともあり、兼重は尻すぼみになった。
上手く行ってると思うのは自分だけなのだろうか。
「実際のところ、平助が俺をどう思ってるか知らないし…」
兼重は最悪の結末を考え、どんどんと声が小さくなる。
平助の中に、考えたくない答えがあるような気がして、兼重は俯いた。
「…本当は平助、俺のこと嫌いなのかも」
一度考えると、思考はさらに悪い方向に働いた。
それを見た山南は、兼重の肩にそっと手を置き、先程と変わらない笑顔を向けた。
「それならば、丁度いいものがあります」
「……へ?」