兼平ちゃん短編集

□うつつか夢か
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よく晴れたとある日。


新選組の幹部隊士である藤堂平助はその日、非番だったため、自室で寝転んでうとうととしていた。


天気がよく空気も澄んでいて、室内にいるのが勿体ないほど爽快な日だった。


しかし平助は、いつも巡察で市中を回ったり、壬生寺の境内で隊士たちに稽古をつけたり、あるいは自分自身木刀を振るって汗を流していた。


普段からよく動く彼にとっては、こんな天気がいい日でも、休みとなれば屋内でのんびりしたいものだった。


静かな部屋で耳を澄ませると、風が木々の葉を揺らす音や小鳥のさえずり、壬生寺の境内で響く、稽古をする声が聞こえてくる。


どこか遠くの世界にいるようで、そんな気分が自然と心地よかった。



(少し寝るか…)



平助はそっと目を瞑り、ここ数日休みがなかった疲れのためか、すぐに眠りについてしまった。



しばらく寝ていると、聞き慣れた声が頭上で響く。



「…平助、寝てるの?」



兼重だ。


平助と、恋人として付き合うようになってもう3年が経つ。


お互いの性格上色々と問題にはぶつかるが、本人たちは周りの心配をよそにお互いを想いやっていた。


二人に間には「愛している」という言葉の証だけで十分だったのだ。


幼馴染みでもある二人は、昔から片時も離れることはなかった。


だから相手が何を言いたいのかは、ある程度目や表情、癖なんかで分かる。


傍にいるだけで想いは伝わった。



「……兼重…?なに?」



平助は眠そうな声で尋ね返す。


兼重はいつになく真剣な表情をしていた。


いつも笑っている兼重が時折、神妙そうな顔をしたりすると、平助はそれだけで不安に駆られた。


何か嫌なことでも起きるのではないかと──。



「少し、真面目な話があるんだ」



そはの言葉を聞いた途端、平助は不安と緊張を増した。


手に汗を握りしめ、心臓はドキドキと早かった。


嫌な、嫌な予感がしたからだ。


良くないことを言うのではないか。


兼重がこんなに真剣な顔を見せたのは、ずっと一緒にいた平助でさえ見たことがなかった。


声色もいつもと違って少し低かった。


まるで、兼重じゃないような…。



「何、話って」



平助は出来るだけ落ち着いた声で言ったが、声は震えていた。



「……あのね」



耳を塞ぎたい衝動に駆られる。


次に兼重が発する言葉は聞きたくなかった。


長年一緒に暮らしている平助の直感は、嫌なときにだけ当たってしまう。



「…俺達、別れよう」



か細く、しかしハッキリと聞こえた。


その言葉は平助は何よりも望んでいなかった。



「は…なんで?」



兼重は何も言わない。


ただ俯き加減で一点を見つめるだけだった。


平助が兼重を嫌いだの、鬱陶しいだのとはよく言っていた言葉だが、それは兼重が迫って来ることに対して発してしまう照れ隠しだった。


積極的な兼重はよく平助に抱き着いたり、人前でも平気で口説いてしまうところがある。


それは平助にとって嬉しくもあるが、なによりドキドキして何を言えばいいのか分からなくなり、罵倒のような言葉が出てしまう。


好きだからこそ、そんな言葉が出てしまう。


それはそれで兼重も嬉しそうなところがあり、今まで真に受けることなどなかった。


それなのに、兼重は平助に別れ話を持ちかけてきた。


平助は絶対にないと思っていたことが、今目の前で起こっている。


上手く息ができない。



「何とか言えよ、なあ…」



力のない声で言葉を絞り出した。


それでも何も言おうとしない兼重に苛立ちと焦りを覚え、思わず肩を掴んだ。



「何で別れんだよ、オレのこと嫌いになったのか…?」



平助のその声は泣きそうだった。


肩を掴んで乱暴に揺らしても、兼重は頑なに口を閉じていた。


そしてやがて、ゆっくりと口を開いた。



「……俺、ここを出るんだ」


「は…っ?」



真剣な顔は平助を見ていない。


目を逸らしたまま、兼重は呟くように告げた。



「ここを出るって…無理だろ、そんなの」



平助がいないと瀕死状態のようになる兼重が、自分から離れられないと思った。


何より新選組には鉄の掟がある。



「もう土方さんにも話したんだ」



静かに立ち上がると、平助の目をしっかりと見て



「……さようなら、平助」


「待っ…!」



すがるように追いかける平助を振り向きもせず、兼重は部屋を出た。



「待てよ、兼重!!」



叫ぶ平助の声は、兼重に届いていなかった。
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