兼平ちゃん短編集
□雨の日
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夏の日の終わり。
まだまだ暑さが続く中、新選組八番組組長──藤堂平助は一人、立ちすくんで困っていた。
「はあ…困ったな」
彼は巡察の帰り、急に雨が降ってきたので近くの軒下で雨宿りしていた。
本当は半刻前に他の隊士たちと帰っていたはずだったのに。
(それもこれも左之さん達のせいだ)
十番組の組長である原田左之助と二番組の組長である永倉新八が、巡察に出るのなら帰りに酒を買ってきてほしいと言伝てたのを思いだし、隊士たちを先に返して一人使いをしていた。
だが今日に限っていつも酒を買っている店が閉まっていたので、他の店を練り歩くうち、雨に降られてしまったのだ。
「はあ…せめて羽織があれば被って帰ったのによ」
新選組は京の町ではいい評判を聞くことがない。
どこに行っても嫌味を言われる。
新選組の目印である浅葱のだんだら羽織はとても目立つので、基本的には隊務以外では着ることがないし、むやみに着て歩き回るものでもない。
だから酒を買いに行く前、隊士の一人に自分の羽織を持たせ、帰らせてしまった。
(ついてねえな…今日)
すぐには止みそうにない雨を降らす黒い空を見上げ、平助はどうしたものかと壁にもたれ掛かった。
「困ったねえ、急に降りだして…」
自分と同じように雨宿りのために軒下に入ってきた老婆は、髪や着物を濡らしながら今日の悪天候に困り果てていた。
平助は懐から手拭いを差し出し、
「使ってくれよ」
「おや、いいのかえ」
「気にすんな」
自分はさほど濡れていないし、手拭いが一枚あったところでこの雨をしのいで屯所に帰ることなんて不可能だった。
帰るには役に立たないものでも、濡れた衣服の水気取りくらいにはなるだろう。
「すまないねえ」
嬉しそうに手拭いを受け取る老婆を見て、平助は少し満足げだった。
さて困ったのはこれからのことだ。
走って帰るには距離があるし、かといって止むのを待つのも、夕飯に間に合うか分からない。
なにより酒を持っているから走りにくいことがあった。
出るときは晴れていたし、夕立がいつ来るかなんて予測が出来たものじゃない。
(まあでも、走って帰ったってどうせ濡れるしなあ…)
仕方ない、濡れてでも走るか。
そう決めて、草履の紐を走りやすいように結ぼうとしたときだった。
ゴロゴロ…
空がカッと光り、一筋の稲妻が走った。
予想よりも大きな音に、平助は一瞬ビクッと体を跳ねさせた。
(げ…雷まで鳴り出しやがった…)
本当に困った。
雨だけならまだしも、雷まで鳴り出すとなると、帰るのにも一苦労だ。
なにしろいつどこに落ちるか分からない恐怖もある。
地震、雷、火事、親父とはよく言ったものだ。
(仕方ねえや、小降りになるまで待とう)
走って帰るのは諦めて、近くの甘味屋にでも入って時間を潰そうと移動した。