兼平ちゃん短編集

□郭の想い人
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平助がこの遊郭にやってきたのは6つの時だった。


父親の顔も知らぬ平助が遊郭の世界に入ったのは、亡くなった母親の借金を返すためである。


今ではすっかり人気の男娼となり、一晩身体を売れば親の借金など返せるほどだった。


そんな平助にも幼馴染みがおり、ここに来る前はよく遊んでいた。


その幼馴染みの名を兼重と言った。


平助は幼い頃から兼重に想いを寄せていた。


ここに売られることが決まって以来顔を合わせていないが、彼は自分を覚えているだろうか等と考えることがある。


もちろん覚えていても忘れていても、今の自分の姿を兼重に見せることなどできなかった。


汚れた身体で兼重に笑いかけるなんてできない気がしたからだ。


そんな資格自分にはないと思っていた。


兼重は気は強くないが大人しい優しい男だった。


だからこそ余計こんな姿を見てほしくなかった。


それでも彼を忘れられない弱い心を平助は憎んだ。


どんなに男に抱かれても、平助の心が兼重を求めた。


日を増すごとに兼重への想いは膨らんだ。


せめてあの時、兼重と別れるあの日、気持ちを伝えられていればと平助は後悔していた。


今さら悔やんでも仕方のないことなのは十分に理解はしていたが。


他の男の腕に抱かれながら、平助は見えぬ兼重に想いを馳せた。


そっと目を閉じ、兼重と遊んだ日々を思い出すと涙が溢れる。



(こんなオレでも…もう一度会いたい)



平助の切な想いがやがて叶えられることになるのは、まだこの時は知る由もない。





翌日、朝早くに店の扉を叩く者がいた。


朝帰りの客や見送りの男娼たちはいるが、朝から客を迎えることはないため番頭が不思議そうに扉を開けた。


そこに立っていたのは見るからに好青年であり、長い藍色の髪が特徴的だった。



「へえ…うちは夕方からですけど…」


「すみません…少しお尋ねしたいことがあって」



優しげな声はその整った顔立ちにぴったりだった。


恐らくまだ二十歳そこそこであろう年齢と、落ち着きのある佇まいや雰囲気は不釣り合いでだった。



珍しいほどの色男な客に、店の者や客までもが興味津々に彼を見ていた。



「…はあ、確かにそういった者はこの店におりますが」


「…!本当ですか…!会わせてもらえませんか」


「いやあ…しかしですな…」



青年と番頭は何やら話をしているが、他の者はその青年の会いたい人というのが気になって仕方ないらしい。


番頭は苦い顔をして答えを渋るが、青年も食い下がる。



「少しだけでいいんです、お話だけでも…金なら払いますから」


「それでもお客さん…」


「番頭さん、どうしたの」



表の方が騒がしいと、客を見送るために出てきたのは平助だった。


着物は少し着崩れ、髪も乱れた様子であっても、平助の持つ色っぽさを引き立てていた。



「朝から一体なんの………っ!」



平助が番頭に話を聞こうと口を開いた瞬間、先程の青年が抱き付いてきた。



「わっ…?!なんだよお前…!一体………」


「………平助」



青年は耳元で平助の名を呼ぶ。


平助は訳も分からぬままもがく。


青年がそっと離れると、透き通るような黄緑の瞳と目が合った。


そこで初めて平助は青年の顔を見る。


夢じゃないかと思うほどはっきりと分かった。


反射的に、平助の身体は強ばり、身動きが取れなくなる。



「………覚えて、ない…?俺のこと」



青年は少し寂しそうに笑うと、平助の思考は完全に停止する。


驚きと、喜びと、切なさと、恥ずかしさと。


全ての感情が入り交じったような変な感覚に襲われた。


忘れるはずもない。



「…………………兼、重……?」
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