♪影日の話。


□甘くほろ苦い
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「はーい。それでは……」
今日は、初の調理実習の日だ。
料理は昔から、嫌というほど作ってきた。仕事、仕事と毎日家にいなかった親の代わりに。
今日作るのは、チョコレートらしい。
さっきから、女子の声が煩くて碌に話も聞けやしない。
当然、作業工程なんて聞こえないまま、調理の時間が始まった。
「きゃあ!!影山君上手い!!」
「ほんとだあ!!凄いっ!!」
何で、女子という生き物はこんなにも煩いのだろうか?
こっちは普通に作っているだけだろ。女子達の上げるピンクの声にイラつきながらも、作り上げることは出来た。
でだ。これを誰に渡す?
友達作りなんかしようともしなかった俺は、掌にのっているハート型の物体をただただ、眺めていた。
そうだ。日向は……。あいつは、クラスも違うし、甘いもの好きそうだよな……。
早速、日向のいる1組へと足を進めた……はずだった。
腕をがっちりと掴み、胸を無理矢理押し付けてくる女子達がそこにはいた。
鬱陶しい。
「ねぇ、影山君?そのチョコ誰に上げるの?」
「出来れば、欲しいなあ!!出来ればだよ?ね?」
更に、腕を掴む力が強くなり、少し痛みを感じる。
「わりぃ。このチョコレート、部の奴にやるんだよ。」
そう言った瞬間、女子たちの顔は、みるみると赤くなった。怒りの方の。
「はぁ!?そんな、男等にやる位なら、あたし達にくれたっていいじゃん!!もしかして、あの美人マネージャーさんとか?」
あ、もう、こいつら何言っても駄目だ。
「もう、行くんで離して下さ……」
「ええっ!!もう、行っちゃうの!?なら、これ、貰っていくね!!」
「ちょっ……。」
「おーい!!何してんだ?影山?」
そこに立っていたのは、光を浴びて更に輝く日向だった。
すぐさま、日向に助け(?)を呼びたかったのだが、どうも俺のプライドが許さなかった様だ。
「あのさ、そいつ、嫌がってるから腕持つのやめてもらっていい?」
意外にも口を開いたのは、日向だった。
俺が、よっぽど辛そうな顔をしていたのか、それとも、単なる日向の直観なのか。
その答えは分からなかった。
「あははっ。だから、影山、あんなに女子に囲まれてたのか。ご苦労さん。」
無事、女子の群れから離れることができた俺は、日向に状況を説明していた。
すると、日向は、顔を真っ赤にして笑い出したので、頭を思いっきり殴ってやった。
「痛って……。このバカ山!!」
こうなると、煩いので、さっさと教室に戻ろうとしたところ、日向が足を止めた。その時の日向の顔は、どこか寂しげで、言葉を我慢している様だった。
「あのさ、影山。」
真剣な面持ちで日向は俺に話しかける。と、同時に走り出した。
「は!?おい待て!!日向っ!!」

キーンコンカーンコーン。
頭上で俺は何も知らないとでも言いたげにチャイムが鳴り始める。
勿論、5限始まりの。
「おいっ!!5限始まるぞ!!」
日向は背を向けたまま、大丈夫だからと答えた。何が大丈夫なんだろうか。
日向の言動は謎だ。
ずっと、手を引っ張り続けられ着いた先は、屋上。正確に言うとその前。
日向は、閉まりきったドアを見ると、ため息を漏らした。
「お前、何がしてぇんだよ!!なんか、言いたいことがあるなら、素直に言え!!」
日向は、俺を睨みつけた。正直、可愛いと思ってしまったのだ。
「なんで、お前、そんなモテんだよ……気づけよ……ばかやろー……」
何か、ぐちぐちと言っているか、残念ながら俺にはばかやろーしか聞こえなかった。
「は!?はっきり言え!!」

「だから、俺は、お前のことが好きなんだよ!!」

心臓がギュッと掴まれた。
あまりに、一瞬のことで、それだけしか覚えていない。
でも、嬉しかった。
「うう……言っちゃったじゃねぇかあ……」
顔を真っ赤にし、日向が呟いた。
例えると、よく熟れた林檎みたいな……。
勝手に体が動いた。俺の足は、日向の方に向かって行く。
「これ、返事な。」
気付いた時には、日向の顔が更に真っ赤に染まっていて、一人で何かぶつぶつ呟いていた。
「ほら、立て。戻るぞ。」
「うん……。」

結局、日向にあげることが出来なかったチョコレートは、俺のポケットの中で溶けていた。
袋を開け、指にとってみる。そのチョコレートは、甘くほろ苦い初恋の味がしたのだ。

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