恋乱LB V

□紙一重の入れ知恵〜清広目線〜
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暖かくなって来たとは言え、やはり夜は少し冷える

寒空の中、屋根の上に座っていると名無しさんさんの声が聞こえた


「清広さーん」


(またか…)


やれやれと重い腰を上げ、彼女の背後に降り立つとまたしても盆を抱えている

「何でしょう」

「きゃっ!!」


咄嗟に肩を捕まえ、体勢を整えてやるとホッとしたように笑った

名無しさんさんの肩は思っていたよりも細く、華奢な体は子供のように軽い

そんな考えを振り払うように口を開く

「…大丈夫ですか」

「あ…すみません…」

手元の盆に視線を落とすと、まるで今出来上がったかのように湯気を立てたうどんが乗せられていた

「夕げをお持ちしました」

「…私にですか…?」

名無しさんさんは戸惑いながら視線を伏せて躊躇いがちに呟く

「あの…今日体調を崩されて食べられなかった方がいらっしゃったので、一人分余ったのです。

捨てるのも勿体無いし…余り物で申し訳ないのですが宜しかったら召し上がって下さい」

「……………」


(…余り物…)


そんなはずはない

今日の夕げの献立は天ぷらだったはずだ

うどんなど出ていない

それにこんなに湯気が立っていたら、今作りましたと言っているようなもの…

しかし俺に気を使わせないために、わざと嘘をついているのがヒシヒシと伝わった

その言い訳は決してうまくはないけれど…

自分のことを気にかけてくれる人がいるのは嬉しい…なんて感じてしまう


「…頂きます」






運ばれてきた熱すぎるお茶

火傷しないように気を使いながら啜っていると、じっと見つめられているような気まずい視線に気付いた

「……………」

「……………」


(非常に食べにくい…)

何故だか食べる様子をじっと見つめる名無しさんさん

しかし口の中に広がる優しい味に、つい夢中になってしまう

なるべく気にしないよう、全てを平らげると彼女は嬉しそうに笑った

「ご馳走様でした」

"美味しかった"と素直に言った方がいいのだろうか?

それとも言わなくてもわかっている?

初めて触れた人の優しさに戸惑うばかりで、次の句が告げられない


「お粗末様です」


カチャカチャと手際よく片付け、腰を上げる名無しさんさん

何か言わなくては…早く…


「…ありがとうございました」

「っ…いえ…」

「…お休みなさい」


ああ、もっと違う言い方をすれば良かった

うどんが美味しかったことも

熱いお茶を用意してくれたことも

全てが嬉しかったのに、こんな時何て言ったらいいのかわからない

どう言えば伝わるのか…


耐えきれず自ら姿を消した


屋根の上から去っていく名無しさんさんの後ろ姿を見つめる
  

本当は今頃寝ている筈だったのだろう

それなのに寝る間を惜しんで、夕げを用意してくれた名無しさんさんの優しさに胸が締め付けられた


やがて後片付けを終えたのか名無しさんさんが戻って来る

その手には何故か毛布が抱えられていた

「どうかお風邪を召されませんよう…」


先程まで俺が座っていた場所に毛布を置いて部屋へと戻っていく


「…………」


音もなく回廊へと降り立つと、毛布をフワリと拾い上げた

拾い上げた瞬間に名無しさんさんの甘い香りが鼻孔をくすぐる


込み上げてくるこの気持ちは何なのだろう…

"お風邪を召されませんよう…"


(だからあんなに熱いお茶を淹れたのか…)

パサリと乾いた音を立てて毛布に身を包むと、冷えきっていた体が少しずつ熱を取り戻していく

この熱は毛布のお陰なのか、それとも…

(…やめよう)


今まで感じたことのない温かいモノに気付かないふりをしながら、空を見つめたー…




"一緒にきな粉餅食べましょうね!"

"夕げが一人分余ってしまって…"

"清広さーん"


屋根にて、一人毛布にくるまれながら今日あったことを思い返す

空には眩しいほどに光を放つ月が煌々と輝いていて、俺を照らした


思い出すのは名無しさんさんの笑顔


無邪気とも言えるあの笑顔を思い返すと自然と頬が緩む


今なら才蔵さんの気持ちがわかる気がする

何故、任務をこなさなくなったのか

どうして身の危険を冒してまで彼女の側を離れようとしないのか…


自分の気持ちを確かめたくて


いてもたってもいられなくなって

屋根から飛び下り、名無しさんさんの部屋に音もなく侵入する


「すぅ…すぅ…」


そこには無防備な寝顔を晒しながら寝ている名無しさんさんの姿があった


見るからに柔らかそうな髪の毛に触れて

起こさないようそっと手を伸ばすと鋤くように柔らかな髪の毛を撫でる






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