恋乱LB V

□紙一重の入れ知恵
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「は…?」


清広さんは鳩が豆鉄砲食らったような驚いた表情をする


「才蔵さんがいないってことは、清広さんはいるってことですよね?明日は清広さんがお好きなものをお作りします!何がいいですか?」

「……………」


清広さんは困ったように考える素振りを見せてから、ポツリと呟いた


「…きな粉餅…ですかね」

「へ…?きな粉…餅…」

「ええ…。」


意外な答えに思わず頓狂な声を上げると、罰が悪そうに視線を伏せる清広さん


「ふふ。わかりました!じゃあ明日は一緒にきな粉餅食べましょうね!」

「楽しみにしてます…」

「はい!任せてください!」







(きな粉餅が好きだなんて…何だか可愛いな…)


夕げの後片付けをしながら、ぼんやりとそんなことを考える


"好きか嫌いかで考えたことはないです"


(変なの…)


食べるものを好きか嫌いかで考えたことがないだなんて…

大体の人はそれで食べていると思うが、忍は違うらしい


栄養があって手軽に食べられるもの


だから才蔵さんも常に団子を食べているのかもしれない


確かに持ち運びが簡単で手軽に食べられるけど…


料理を作る私としては何だか悲しい気がした


清広さんにも、もっと色々なものを食べて自分が好きなものを見つけてほしい


(そういえば夕げはどうしているんだろう?)


こちら側にいる時でも、清広さんが一緒に食事することはない

もしかしたら"手軽に食べられるもの"を食べているか…


(食べていない…?)


そう考えたら、いてもたってもいられず慌てて包丁を握ったのだったー…














「清広さーん」


「清広さーん…」


どこにいるかわからないので、とりあえず庭に向かって叫んでみる


(いないのかなあ…)


「何かご用ですか」

「きゃっ!!」


昼間と同じように、背中から声をかけられまたしてもビクッと体を震わせる


「大丈夫ですか」

「あ…すみません…」


しかし清広さんが咄嗟に肩を支えてくれたため、今回は盆が傾くことはなかったが…



肩に添えられた冷たい手


それはずっと外にいることを物語っていて、あまりの冷たさに思わずギクリとした



「清広さん…」

「どうされました?」

「あ…あの…」


(でもあんまりお節介焼いて、あれこれ口出しされるのも嫌だよね…)


才蔵さんがそうであるように



「名無しさんさん?」

「あ…これ、宜しければ召し上がって下さい…今日体調を崩して食べられなかった方が一人いらっしゃったので…余り物で申し訳ないのですが…」


咄嗟に出た嘘

こう言った方が受け取りやすいと思った


わざわざ別で作ったなんて知られたら迷惑がられるかもしれない


才蔵さんが一人でいたがるのと同じように…

清広さんもそうなのかもしれない



「…宜しいのですか?」

「っはい!捨てるのも勿体ないので、これで宜しいのなら是非召し上がって下さい!」

「…ありがとうございます」


初めて見た清広さんの笑顔

いつもの作り笑いではなく、本当に嬉しそうな…


(わ…笑うと少しだけ幼く見える…)


「頂きます」

「どうぞ。今温かいお茶をお持ちしますから」












「お待たせしました」

「ありがとうございます」

熱々の湯呑みを手渡した時に触れた指

やはりキンキンに冷えきっている


少しでも体が温まりますようにと、淹れた熱いお茶

フーフーと冷まさなければ火傷をするくらいなのに、清広さんはそんなことも意に介さず、いつも通りに啜った


(やっぱりすごく綺麗…)


才蔵さんもそうだが、清広さんも負けず劣らず動きの一つ一つが美しい


流れるような箸の動きに思わず見とれてしまう


清広さんは止まることなく箸を進めると、全てを綺麗に平らげてゆっくりと箸を置いた


「ご馳走様でした」

「お粗末様です」


表情が変わらないため、味はどうだったのかわかりにくいが
全て平らげてくれたということは、きっと美味しかったのだろう


(そういうところも才蔵さんと似てる…)


つい清広さんに才蔵さんを重ねてしまう

それだけ私が才蔵さんに惹かれているという確かな証拠

けれど私と才蔵さんの間には特に進展はなく、むしろ迷惑がられている気さえする


近付いたと思えば、するりと離れていく猫のように…


私には才蔵さんが何を思っているのか皆目検討もつかない


(やめよう…)


どうせいくら考えたってわからない

余計に胸が痛くなるだけだ


暗くなった気持ちを振り払うように、盆を持って立ち上がる



「では、私はこれで」















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