恋乱LB V

□memory
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「えっ……」

「そうなのか姉ちゃん!?」

「そうだろうねえ。あんなに面倒見てもらってたしねえ…」


顔を赤く染める犬千代と、驚く弥彦

お母さんは流石に気付いていたようだ



「そういえば、犬千代ちゃんが尾張に行った時も毎晩こっそり泣いてたっけ」

「ちょっ…お母さん!」

「っ……」

「本当かよ!」

「もう!昔の話よ!」


確かに犬千代が京から発つと決まった時 

一人で密かに泣いていた


身分違いの勝手な恋


成長するにつれ、わかってきた壁が私の気持ちを押さえつけて

結局ちゃんと伝えられないまま、別れてしまったのだ


(あの時犬千代に気持ちを伝えていたら…私は今どこで何をしていたんだろう…)


もしかしたら才蔵さんと出逢うことはなかったのかもしれない

そう考えるとこれでよかったのだ


私はあの人に出逢えていなかったら

こんなにも人を愛しく思う気持ちも

それ故に辛くなることも

きっと知ることはなかった


本当に誰かを好きになる


この意味を身をもって知ることは…



「そうか…名無しさんが俺のことを…」

「だ…だからっ!昔のことだってば!」

「とか何とか言っちゃって姉ちゃん今でも満更でもないんじゃないのー?」

「ちっ違う!そんなわけないでしょ馬鹿!!」

「はははっ!そうだろうねえ。名無しさんは本当に才蔵さんのこと好きだもの」

「っ!」

「おっ…お母さん…やめてよ恥ずかしい…」

「そっか…そうだよな…」


(犬千代…?)


「さ、たくさん喋れたことだし、俺もそろそろ帰るわ」

「え?犬の兄ちゃんもう帰るのか?」

「ああ、もう夜も遅いしな」

「あっ…犬千代…」

「じゃあな名無しさん。今日はもう出歩くなよ」

「またおいで、犬千代ちゃん」

「…お休み」



切なげな笑みを残して犬千代は帰っていった


私は何だか胸がモヤモヤして

犬千代のあの表情の意味を知りたかったけれど

聞いてはいけないような気がして、結局今回も何も言えないまま


犬千代が去っていく後ろ姿を見送ったのだったー…
















「ん…」


あれは…犬千代…と私?

ああ、そうか

これは夢だ



まだ幼い犬千代の裾を引っ張って、遊ぼうとねだる私

よくおままごとに付き合ってもらったっけ…


「犬千代!大きくなったら私を犬千代のお嫁さんにしてね!」

「えぇっ…急に何言ってんだよ!」

「だって私、犬千代のことだいすきなんだもん!」

「っ…仕方ねえなあ…約束だぞ?名無しさんは将来絶対俺のお嫁さんになること!」

「うん!約束!ゆーびきーりげんまーん…」


小さな小指を絡めて、指切りをする幼い二人を遠くから眺める夢の中の私


今まで忘れていたけれど、確かに私の将来の夢は犬千代のお嫁さんになることだった


どうして忘れていたのだろう


そして、どうして今こんなことを思い出させるのだろう


何とも言えないあのモヤモヤした気持ちがまた私の胸を支配していく



その時、幼い二人の後ろに今の犬千代が、今日と同じ切ない笑みを浮かべて現れた


私と目が合うと、またあの時の笑顔のまま、クルリと背を向けて去っていく



"待って犬千代!"



叫んでいる筈なのに声が出ない

追いかけたいのに体が動かない


"待って!行かないで!"


"お願いっ!!"




「犬千代っ!!」




















"幼馴染み"


幼い頃から兄妹のように育てられた二人

俺の知らない名無しさんを知っているあの男が心底憎たらしかった


そして今でもアイツが名無しさんに想いを寄せているのがわかるから尚更放っておけない


前田利家


名前は聞いたことがある

顔を見るのは以前名無しさんと京へ来たときに初めてだったが、腕はそこそこの名前は知れ渡っている武士だ


二人の言い合う姿を見ればわかる


どんなに仲がいいのか、どんなに信用し合っているのかを…



全く柄じゃないけれど


怖かった


名無しさんがまた昔の気持ちをぶり返してしまうことが怖かったのだ



きっと俺と一緒にならなければ、名無しさんはもっと笑って過ごしていられた


"暗殺者"という暗い肩書きを持つ俺と一緒じゃなければ、堂々と太陽の下を歩ける


それが一番わかっているから

だからこそ怖かったのだ




(こんなことするようになるだなんて…そろそろ俺も異常かね…)




ぐっすりと寝入った名無しさんを連れ出して、夕霧へと連れていく













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