恋乱LB

□雨のち晴れ
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「ぅっ痛っ…」



「大丈夫ですか名無しさんさん!」




ボーッとしながら料理していたためか、うっかり指を切ってしまった



ビリビリと鋭い痛みが指先から伝わる





「結構深く切っちゃいましたね…早く手当てを!ここはもう大丈夫ですから!」

「すみません梅子さん…」




布をきつく指に巻き付けて炊事場を後にする









(何やってんだろ私…)








才蔵さんのことで頭がいっぱいで、指まで切っちゃうなんて…





「料理人失格だなあ…」




「何が?」



「才蔵さんっ!」





いつの間に背後に立っていたのか、ユルリとした笑みを浮かべた才蔵さんがいた




「お前さん…それ」




才蔵さんの目は血が滲んだ私の指先に釘付けになっている




「あ、これですか?ちょっと切っちゃっただけで大したことな…」


「おいで」


「わっ!才蔵さん!」




怪我をしていない方の腕を引っ張られ、連れていかれる



着いたのは才蔵さんの部屋





「指、見せて」



そっと手を差し出すと、才蔵さんは懐から薬を出し丁寧に塗ってくれる





「結構深く切ったんだ。珍しいね」


「あ…はい。少しボーッとしてて…」


「へぇ?お前さんが指切るなんて何か悩み事?」




テキパキと慣れた手つきで布を巻き付け、いつもの調子で問われた





(今言うべきかな…)





どうせ隠したってすぐにバレる


この人に隠し事などできないのだ














意を消して重い口をやっと開いた







「城下で一緒に歩いていた女性は誰ですか…?」


















「は…?」





見られていたのか



それでボーッとして…







強い眼差しのその奥に不安と悲しみが見える





(疑ってるってわけか…)






それもそうだろう



ここは素直に話した方が……







「やっぱり…そうなんですね…」




姉だと言おうとした瞬間、先に口を開いたのは名無しさんだった



「…やっぱりって?」



「才蔵さん…別にすごく大切な人がいるから…だから私に何も話してくれないんですよね?いずれ切る関係だから…」





とんだ勘違いに面食らう



そんな風に思われていたなんて心外だった


確かに俺は自ら身の上話をペラペラと喋る方ではないし、やんわりと聞かれたことはあったが、のらりくらりとはぐらかしていた





それは嫌われたくなかったから






きっと全てを知ったら名無しさんは俺の前からいなくなる







それだけ残酷なこともしてきた




最低の人間だったという自覚があるからこそ、知ってほしくなかっただけだ






「…これ以上気持ちを大きくさせて、辛い思いをしたくないんです…」





大きな瞳から大粒の涙が溢れる






「名無しさん…」





「っ…さようなら!」






名前を呼んだ、その時逃げるように名無しさんが走り去って部屋を出ていった





部屋に一人残された俺は彼女を追うため、立ち上がったけれど、戸の前には行かせんとばかりに雪と清広が立っている










「才蔵さん、そろそろ…」







「退け」



「才蔵〜ここは行かせないわよ?早く彼女に会いたいのならさっさと任務を片付けることね」




切り抜けようと姿を消したつもりが焦りが生じたせいで、完全に気配を消しきれず、またも清広に邪魔された







「今の貴方にここを切り抜けるのは無理よ。大人しく従いなさい」




「…………」







確かに今の俺にこの二人を出し抜くことはできない





諦めてさっさと任務を片付けた方が早いかもしれない








「……標的は」



「隣町の商家の大旦那です」








清広の言葉を聞くとさっさと終わらせるため、そのまま足早に任務へと向かった







(名無しさんとは今夜じっくり話をして誤解を解けばいい)







きっとわかってくれる




一筋の願いを込めて、後ろ髪を引かれながら城を後にしたー…


































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