恋乱LB V

□求める愛情と絡み合う欲情
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長い任務を終え、漸く一息つく


標的を仕留めた血濡れの刀を振って、チャキンと静かに鞘に納めた


豪快に浴びた返り血を鬱陶しく思いながら小さく舌打ちをすると



「お疲れ様です」



スッと清広が現れ、何の感情も籠らない瞳を向けた



実に一ヶ月


こんなに長い時間、城を空けたのは久しぶりだ


いつもなら別に大したことはない


が、今の俺は…


(早く帰りたい…)


怠い体を引きずって、木の上に腰を下ろす

ずっと健康的な生活をしていたからだろうか


ロクに食べずに動き回っていた体がひどく重たい


ずっとそうだった筈なのに名無しさんが現れてから俺の生活は一変した



「疲れた…」

「後は私がやっておきます」

「ん」


清広にそれだけ告げると、また音もなく走り出す




彼女は元気でいるだろうか


一月も会っていないのは初めてかもしれない


早く


早くこの腕に閉じ込めて


柔らかな感触を確かめたい…



俺の頭の中は既に名無しさんへと向いていて、城へ向かう脚は滑稽な程に急いた


名無しさんはなかなか帰らない俺を心配しているだろうか


まだかまだかと俺の帰りを待っているだろうか


毎日団子を作りながら、想いを馳せているのだろうか…



"才蔵さん!"


会ったときの名無しさんを想像して、思わず笑みが溢れる


彼女の言葉一つ


行動一つで


俺の身体は意図も簡単に幸福に満たされる



結局自分もただの"人"であり"男"だったのだ


それも至って単純な男…


そんなことさえ気付かなかった俺はただの馬鹿という意外に他ない


(やれやれ…)


名無しさんのことを想いながら、跳ぶように木々の間を駆け抜けて、ぼんやりと彼女のことを考えた


ねぇ、今頃お前はどうしている?


会えなかった間は何を思って、どう過ごしていた?


早く知りたい…


俺がいない間に、お前の身に起こったこと全てを知りたい


こんなにも強欲で、我儘な想いを知ったら、どんな顔をするだろう


「………」


それでも名無しさんは絶対に受け止めてくれる


何故かはわからないが自信がある


名無しさんの元に帰れるというだけで、こんなにも心は軽い


俺はただただ名無しさんの姿を求めて駆け抜けるのだったー…
















(今夜も帰らなかった…)


才蔵さんが任務に出かけてから一ヶ月


毎日変わらない才蔵さんの部屋を見つめて溜め息をつく


こんなにも長い間帰って来ないだなんて何かあったのだろうか


言い知れぬ不安がジワリジワリと胸に広がっていく


「才蔵さーん…」


蚊の鳴くような声で呼びかけてみるものの、勿論求める姿は現れない


(やっぱりいないんだ…)


けれどいつ帰って来てもいいようにと、褥の準備だけは毎日やっていた


主のいない部屋はひどく静かで、シーンとした音がやけに耳にこびりつく



(また明日の朝も変わらないのかな…)



使った形跡のない褥を見つけては、寂しさを感じ

また褥を片付け、夜にはまた褥の準備をする


そうして才蔵さんを思いながら毎日不安な日々を過ごしていた


「お休みなさい…才蔵さん…」



この声が届くように…


そしてまた"お休み"と返事をしてくれる日が来ますようにと

祈りながら部屋を後にしたのだったー…















「名無しさんー!」

「幸村様。お疲れ様です」

「ああ、お前も毎日ご苦労!いつもすまないな!」

「いえ、私に出来るのはこれぐらいですから」


翌日


鍛練を終えた幸村様に冷たいお茶と、揚げたてのどうなっつを差し出すと

幸村様はいつも通り額に汗を光らせながら、太陽のような笑顔で縁側に座った



才蔵さんがいなくなってから、何かと私のことを気にかけて下さる幸村様


今日も笑顔を作れているのは幸村様のお陰と言っても過言ではない


こうして心配して、声をかけて下さる方が近くにいる…


それがどんなに幸せで恵まれているのか…改めて実感することになった


幸村様は嬉しそうにサクリとどうなっつをかじると、途端に嬉しそうに頬を緩ませる


「うむ!やはり名無しさんの作るどうなっつは美味い!」

「ふふ…ありがとうございます」

「決してお世辞ではないぞ!本心だ!」

「それならば尚のこと嬉しいです」

「今日も美味しいどうなっつが食べられる…これ以上幸せなことはない!」


大袈裟な程に褒めてくれる幸村様

かぶりついたその口の端には、どうなっつの欠片がついている













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