恋乱LB V

□もしも願いが叶うなら
1ページ/5ページ




甲斐に来てから数週間


女だとバレた私は今日も才蔵さんの言いつけ通り、庭師の緑川清次郎様を探る任務をしていた



「あ…」

「どうされたんですか?」

「いえ…ちょっと草の葉で手を切っちゃって…」

「見せてください」


清次郎様はそれはそれは優しい手つきで、私の指を見て

ゆっくりと自分の口へと持っていく


「あっ…」


血が出た私の指を口の中で転がし

ちゅ…と名残惜しそうに音を立てながら唇が離され


その流れるような美しい仕草に思わず目が奪われた



「…大丈夫ですか?」

「っ!あ…はい!すみません…」


心臓がうるさいくらいにドクドクと鼓動して

清次郎様に聞こえてしまわないか…

それだけが気がかりで、沈めるように胸に手を当てる



「この葉は切れやすいので気を付けて下さいね」


ニッコリと優しい笑顔でそう言われ、思わずトクリと胸が跳ねた


「はい…ありがとうございます…」


その後も他愛のない話をしながら、二人で草むしりをして

穏やかで優しい清次郎様に癒されたのだったー…














「んで、うまくいってるの?調査」

「…まあ、疑われてはいないと思いますけど」

「それは当たり前。そうじゃなくて何かわかったことはあるかって聞いてんの」

「……虫はあまり好きではないと仰ってました」

「何で」

「……さあ」

「はあ…」


大袈裟な溜め息をついて、湯呑みに口をつける才蔵さん


清次郎様を探れと言われ、時間を見つけては彼に接触しているが

私には清次郎様のどこが怪しいのかさっぱりわからない


(この人…職業柄人を疑うことしか知らないのかも…)


もう数週間経つが、それでも才蔵さんは清次郎様を探る調査をやめようとしなかった


「…私じゃなくて才蔵さんが直接接触した方がいいんじゃないですか?」

「俺がそんなことしたら、警戒されるに決まってるでしょ」

「…こっそり伺えば…」

「もし清次郎が忍だったら、どうするの」

「…じゃあ私じゃなくて他の方に…」

「へぇ…お前さん京に帰りたくないの?清次郎のこと好きになっちゃった?」

「なっ…!そんなわけ…」

「指…大丈夫?」

「っ…見てたんですか…」

「お前さんが清次郎に指舐められて感じてるところも、ちゃんと見てたよ」

「感じてっ…!もう!最低っ!!」

「どーも」


才蔵さんの余りの言い方に憤慨した私はスパンッと襖が吹っ飛ぶ勢いで戸を開けた



「っと。名無しさんか」

「っ信玄様!し、失礼しました!」

「なーにそんなにプリプリしていやがる。何かあったのか?」

「何かって…」


チラリと部屋に視線をやると、そこにはもう才蔵さんはいなかった


「…何でもないです。失礼します」


(ああ…もう最悪…)


「……………」



一礼して、パタパタと走り去っていく私の背中を

信玄様がじっと見つめていたなんて、この時の私は知る由もなかったー…














(あームカつくムカつく!)


「名無しさんさん…何かあったんですか?」


明らかに機嫌が悪い私を気遣いながら梅子さんがチラリと視線を私に向ける


「いえっ!何でもないです!」

「そうですか…?なら、いいのですが…」


何でもないと言いながら、卵を溶く手に力が入り、器から飛び散った卵が割烹着に染みを作った


「きゃっ…ああ…もうほんと…」


最悪と言いながら、汚れた割烹着を脱ぐ


「ん…?」


すると帯に何か挟まっていることに気が付いた


「金創膏…?」

「あれ?名無しさんさん、どこかお怪我でもされたんですか?」

「いえ…ちょっと草の葉で指を切ったくらいで、そんな大袈裟なものでは…」


金創膏を持ち出すくらいの怪我ではない

一体誰が…


(清次郎様かな…?)


しかし清次郎様であれば、怪我をした時すぐこれで手当てしてくれただろう


帯にこれを仕込めるのは残り一人しかいない



「才蔵さん…?」

「え?才蔵さんがどうかしたんですか?」

「いえ…何でもないです…」



(大袈裟だなー…)


こんな舐めてればすぐ治るような傷

そんなこと私より忍である才蔵さんの方がよくわかっている筈なのに…



「ふふ…」



冷たいのか、優しいのか全くわからない

けれど先程までの怒りは既にどこかへ飛んでいて

帯に仕込まれていた金創膏で自ら手当てをしながら

ぼんやりと彼のことを考えるのだったー…













*
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ