恋乱LB V

□memory
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「お前、気安く名無しさんの隣に座ってんじゃねえよ」

「恋仲だし、隣に座るのは普通のことだと思うけど?」

「うるせえ!恋仲なんて俺は認めてねえんだからな!」

「別にお前に認めてもらわなくても結構」

「くっ…!そういうスカした態度が気に食わねえんだ!」

「なら、尻尾を巻いてとっとと帰ったら?」

「やかましいっ!!誰が帰るか!!」

「もう!!やめてください二人とも!!」



久々に京へと里帰りしたある日


才蔵さんが一緒に来てくれたのは嬉しいが、京には私の幼馴染みである犬千代も丁度尾張から来ていた


初めて会った時から才蔵さんにいい印象を持っていなかった犬千代は

事あるごとに才蔵さんに突っかかっては喧嘩を吹っ掛けている


本日の喧嘩の内容は"座る位置"だ


(くだらない…)


別にどこに座ろうと個人の勝手だとは思うが、犬千代は才蔵さんが私の隣に座るのが気に入らないご様子


兄妹のように育ってきたせいか、犬千代はどこか私に対して心配性なところがある


一方才蔵さんも、いちいち口出しするうるさい犬千代が邪魔ならしく"料亭の若旦那"とは遠くかけ離れた態度で接していた


本日で二日目


七日間の里帰りを許された、私の残り時間はあと五日間


(うまくやっていけるのかな…)


二人に気付かれないよう、そっと溜め息を溢すのだったー…














「ありがとうございました!」

「ご馳走さん」


最後のお客さんを見送って、漸く本日の仕事を終える


「お疲れ様名無しさん。もう上がっていいよ!才蔵さんのとこ行くんでしょ?」

「お母さんもお疲れ様。ん〜〜でも今日くらいは家にいようかなあ…」


勿論、才蔵さんには会いたいが家族と一緒にいたいという気持ちもある


(それに才蔵さんと二人でいるところを犬千代に見られたら…)


想像しただけで、げんなりした



「帰ってきてから、まともにお母さん達と話せてないし…今日は家にいるよ!」

「そう?いいの?才蔵さんに会いたいんじゃないかい?」

「明日会いに行くから大丈夫!」


安心させるために、ニッコリと微笑むと心なしかお母さんも嬉しそうに笑った


「じゃあ今夜は家族水入らずでいっぱい喋ろうな姉ちゃん!」

「うん!」


可愛い弟の弥彦も嬉しそうに笑って、何を話そうかと考えを巡らせたその瞬間ー…





「ういーっす」

「犬千代っ!?」

「兄ちゃん!どうしたんだ?こんな時間に!」

「お…名無しさん、ちゃんと家にいたな」

「もしかして…わざわざ家にいるか確認しに来たの?」

「当たり前だろ!夜遅くに男女が同じ部屋にいるなんて…なっ何かあったら困るからな!」

「余計なお世話です!今日はちゃんと家にいるから帰ってよ!」

「いいじゃん!兄ちゃんも久しぶりなんだし、一緒に喋ろうよ!」

「そうねえ。犬千代ちゃんの話も是非聞きたいわ!」


(わっ…私が今夜犬千代と一緒にいたなんて才蔵さんに知られたらっ…)


ゾワゾワと背中に冷たいものが走る


「だっ駄目よ!帰ってよ犬千代!!」

「な、何だよお前。冷てえな…」

「そうだよ姉ちゃん!酷いよ!犬の兄ちゃんも家族同然だろ?」

「そっ…そりゃあそうだけど…」

「まあ、いいから早く犬千代ちゃんも入りなさいな!」

「お…お母さん…」


こうなってしまっては、もう私にはどうにも出来ない


かといって犬千代がいるからには、今才蔵さんの所に行くことも許されない



(どうか才蔵さんにこのことがバレませんように…)


目をギュッと瞑って強くそう願うしかなかった


後にあんな事になってしまうなんて、この時はまだ知る由もないー…

















「あの頃の名無しさんは可愛かったよなあ!いっつも俺の後くっついてきてさ!」

「あーそうそう。泣いてばかりでねえ」

「へぇ…姉ちゃんにも、そんな可愛い時代があったのか」

「もうやめてよ!そんな昔のこと…」


昔話に華を咲かせること早二時間…

よくもまあ、次から次へと思い出せるものだと感心するほど、皆の口は閉じる気配がない

そんな時ふと犬千代が小さく呟く



「それなのに…お前に恋人が出来たなんてな…信じらんねえや」

「犬千代…」


犬千代があまりにも哀しそうな顔をするから

思わずドクンと心臓が跳ねた


いつも守ってくれた


いつも笑わせてくれた


昔は犬千代のことが大好きだった


私の初恋は紛れもなく、この犬千代なのだ


何だか居たたまれなくなって、反射的に返事をする




「でっ…でも私の初恋は犬千代だったよ!?」












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