恋乱LB V

□愛しい季節
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「初恋は実らないって言いますよね」

「…へぇ」

ポカポカと天気のいい日の午後

隣に座る名無しさんの手を握り、その柔らかさを肌で感じて

コツンと頭を寄せる


「…そうでもないんじゃない?」

「えー…じゃあ才蔵さんの初恋は実ったんですか?」

「さあね…そういうお前さんはどうなのさ」

「だから、初恋は実らないって言ってるじゃないですか」

「ふーん…じゃあ初恋は誰」

「誰って…」

「早く吐きな」

「っ…そういう才蔵さんは誰なんですか!無事に実ったみたいですけど!!」

「お前さんが言ったら、俺も言う」

「なっ…!ズルいですよ!」

「お互い様でしょ」






きっと君は覚えていないだろう


今でも鮮明に蘇るあの日の記憶


春の心地よい陽気を肌で感じながら目を閉じた











「あげる!」




この日食べた団子の味を一生忘れないだろう


そして二度とこの少女に会うことも、

話すこともきっとない…



幼いながらに、そう感じた

















再び運命の歯車が回り始めたのは、それから何十年も経ってから…

子供だった俺も背が伸び、声が低くなって

俗に言う"大人"ってやつになった


忍として生まれ育ち、数々の任務をこなしながら

幸村の家臣、そして真田十勇士の一員として毎日をのらりくらりとやり過ごす

そんな平凡な日々を送っていた俺に、今後の人生を左右する衝撃の出逢いが訪れたのだった









「どうしてここに女がいる」

「ぁ…ぅ…」

「声に嘘が滲めば殺す」

「っ…は…」


ズルズルとその場にへたりこんだ女

振り向いた顔を見たとき


幼い頃の記憶が一気に蘇って言葉を失った



"あげる!だから泣かないで?"



(あの時の…)



二度と会うことも、話すこともないと思っていた団子少女


彼女は幼い頃の面影を色濃く残しながら少女から女へと姿を変えて…


再び俺の前に現れたのだ







「才蔵さん」


遠巻きで彼女のことを見守りながら、二度と味わうことはないと思っていた団子を頬張る


"任務以外のことはしない"


これまでずっとそうしてきたし、これからもそうだと思っていた


こうして自分の意思で誰かを護衛することなど今までなかった


(…あの日の団子のお礼だ)


そう自分に言い聞かせて

芽生え始めた気持ちに蓋をして


変わらない笑顔の彼女を見つめる




「才蔵さん、お腹壊しますよ?」

「団子ならいくらでも食える」

「…その身体のどこに消えていくんでしょう」

「さあね」


呆れ顔の名無しさんに構わず、皿一杯に乗せられた団子に手を伸ばし口に放っていく



変わらない



そう感じた




桜も、団子も、お前も…





変わってしまったのは俺の方で

変わらないものたちが眩しく思える



触れてしまえば壊れそうで

そんな資格などないと自分に言い聞かせた


そんな爆弾を抱えながら、生きていくなど真っ平ごめんだ


一人が気楽


大切なものを失う悲しみを知ってしまった俺は、誰かと深く関わることに臆病になっていたんだ


自分の気持ちにも、彼女の気持ちにも気付かないふりをして


でも、幸せになってほしくて


生きていてほしくて


ずっとその笑顔を絶やさないようにと

そう願いながら、名無しさんを見つめた




(これ以上…お前は知らなくていい)




元に戻ろう


それが一番いい



俺のためにも


名無しさんのためにも…






しかし天は俺を見放さなかったらしい



初めて名無しさんに口付けた時


風魔に術をかけられ、呼吸が出来ない彼女に気付け薬を口移ししたこともあった

柔らかな唇の感触に我を忘れそうになるのを必死に抑えて…



いつか雨で体調を崩した時も

隣でスヤスヤと無防備な寝顔をしている彼女を愛しいと感じ…


偽菊姫の時は思いもよらないことをしでかす名無しさんにハラハラした


いつだって人を惹き付ける彼女の笑顔


俺ではない他の誰かと幸せになって欲しいと願いながら

名無しさんに寄ってくる男達を撥ね付けて


自分で自分かわからなくて、何度も距離を置こうと突き放し


その度に傷付けた

しかし結局離れられないのは俺の方で…


里の命は絶対だと生きてきた俺が、初めて里を裏切り

名無しさんと生きていくことを決めた時


自分がどれ程、彼女を愛していたのかを思い知らされた


もう、ずっとずっと前から…

そしてこれからも永遠に…







*
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