恋乱LB V

□貴方にそっと口付けを…
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「お、お見合い…?」


届けられたばかりの文を震える手で持ちながら、思わず独り言




"うちの店にとってもいい話だから、必ず帰ってくるように"



母からの文はそう強く念を押して、締めくくられている



「お母さんってば…勝手なんだから」


勿論、"恋人"と呼べる人はいない

が、私にだって気になる人くらいいる



はぁと溜め息をついた時

後ろから今正に想いを馳せていた人の声がかかった



「ねぇ、団子まだ?」

「っ!才蔵さん!」

「何してんのさ。待ってるんだけど」

「あ…はい…すぐにお持ちしますので」

「…そ、ならいいけど」



興味無さげにフイと視線を逸らして、帰っていく後ろ姿を見送る
 


いくら私が好きでも


才蔵さんは私のことなんて全く興味がないのだ



追いかけては煙のように消えていく彼


きっとこれからも私が才蔵さんに追い付くことはない


それでも止まらないこの気持ち


この厄介な恋心が私を迷わせる


きっとお母さん達のために、さっさと京に帰ってお見合い相手と夫婦になる方がいい


でも…


掴み所のない忍を愛してしまった私には、それが出来ない



(どうしよう…)



考えても考えても答えなど出るはずもなく…


結局私は答えを出せないまま、故郷である京へ上ることにしたのだったー…





















「気を付けてな!」

「早く帰って来いよ!」

「ありがとうございます。行ってきます!」


出立の朝

幸村様と佐助君に見送られながら甲斐を後にする


そこに才蔵さんの姿はない


ここ何日か任務で出掛けているようだ



お見合いの話は幸村様と信玄様にだけ話してある


勿論、乗り気じゃないことも承知した上で断ることを前提に暇を頂けたのだ


"お前はうちの重要な料理方だからな。今いなくなれば困る。
もし乗り気じゃないならキッパリ断ってこい!"


信玄様に背中を押されて、京へ上ることを決意したのだが…



気にかかるのはお母さんや弥彦


"うちにとってもいい話だから"



この言葉に本当に断ってもいいのかと悩んでいた


弥彦のためとはいえ、大切な家族を京に残して甲斐へと来た私


もしかしたら、そのお見合い相手と結ばれることこそが、最大の親孝行になるかもしれない


むしろ娘の私にはそれぐらいしか出来ないのだ


そんな大切な縁談をお断りしたら…お母さんと弥彦は…?




(…やめよう)




私一人で悩んでいても、答えは見つからない


京へ行ったら今の気持ちを正直にお母さんに話そう


もしかしたらわかってくれるかもしれない



そう信じて、一人京へと足を進めたのだったー…




















月が煌々と輝く真夜中


任務を終えて邸へと辿り着いた俺はベッタリと血がついた体を洗い流す


むせかえるような独特の鉄の臭い


慣れているとはいえ、やはりいい気はしない


忍装束を脱いで、いつもの着物に腕を通すと

花の香りのような甘い匂いが鼻孔をくすぐった




この香りは知っている


俺の着物を洗濯してくれているのは名無しさんだから


彼女の放つ甘い香りが俺の着物に移ったのだ



(重症…だな)




あの細い体を掻き抱いて

滅茶苦茶に愛してしまいたい



大きな瞳に俺だけを映して

そして甘いぬかるみに己を沈めることが出来るなら…


ふとそんな考えが過って頭を振った

 
(馬鹿なことを…)


幼い頃に出逢った団子少女



二度と会うことはないと思っていた


二度とあの団子を食べる日はないと確信していた


それなのに…



「ひょっこり現れるから…」




自分自身、初めての感情に戸惑っていた


むしろ今のような、つかず離れずの関係でもいいとさえ思う


深く入り込めば入り込むほど傷付ける


それなら、ただ側にいるだけで

それだけでいいのではないかと思っていた


太陽のように明るい女を、わざわざ暗い闇に引きずり込む必要はない


血塗られた忍の道を歩く俺と正反対の道を行けばいい


そんな優柔不断なことを考えていた俺に、いよいよ罰が与えられることを

この時はまだ知る由もなかったー…
















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