恋乱LB V

□夢中にさせたのは君だから
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事の始まりは本当に突然


いきなりやってきたのだ



「椿と申します。御挨拶に参りました。これからよろしくお願いいたします、旦那様」


ニッコリと規則正しい笑みを浮かべた綺麗な女性



「………………」



大広間にて、固まる私と幸村様と佐助君


椿様に無表情で冷たい視線を送る才蔵さん



「えぇぇー!?」



この女性、椿様は才蔵さんの許嫁だと言って突然挨拶にやって来たのだ


勿論、才蔵さん以外の人は初耳だし、私も許嫁がいるなんて話など聞いたことがない


しかし才蔵さんの落ち着き払った様子を見る限り、許嫁の件は知っていたようだ



「本日はこちらに御世話になります。宜しいですね、旦那様」

「ちょっ…ちょっと待て!!才蔵!どういうことだ!説明しろ!」

「はあ……」

「先生!」

「まあ、何もご存知なかったのですか?才蔵様の嫁の椿です。どうぞ、お見知りおきを」

「よ…よ、嫁っ!?嫁だと!?」

「そんな…でも先生にはっ…!」


チラリと二人の視線が一斉に私に注がれる


才蔵さんはジッと椿様を見つめたままで


そんな才蔵さんの視線に顔をポッと赤くする椿様



「名無しさん…」


幸村様が心配そうに手を伸ばして


「っ…失礼します!」


居たたまれなくなった私は逃げるように広間を出た



「まあ、どうしたのかしら。随分忙しい女中さんなのね」

「女中じゃない!名無しさんは先生のっ…」

「やめろ佐助」

「でも…」

「お前が出る幕じゃない。才蔵、俺の部屋に来い。椿姫…ごゆるりと休んでいってくれ」

「ありがとうございます幸村様」

「才蔵、行くぞ」

「ハイハイ…」















「名無しさん、たまには城下にでも行かないか?何やら女子に人気のかんざし屋が出来たらしいぞ」

「幸村様…」


縁側でポツンと座っていたところに声をかけられ、視線を持ち上げると

幸村様がいつもの笑顔で立っていた


私のことを気遣ってくれているのだろう

なるべく気を逸らせるように、誘ってくれているのがヒシヒシと伝わる


正直言うと何もしたくない


何も考えたくない


けれど一人は嫌だ


幸村様のお誘いが素直に嬉しかった



「…ありがとうございます。行きます」


幸村様は安心したようにホッとしたような表情を浮かべる


「よし、行こう」

「はい」











「綺麗ですわね、旦那様」

「…………」

「陽射しがポカポカと心地よくて…隣には旦那様がいて…椿は幸せです」

「そ……」



幸村様と庭を横切った際、椿様の声が聞こえた

花を愛しげな瞳で慈しむ椿様のお顔はとても美しくて…

女の私でさえが目を奪われる



才蔵さんはいつも通り飄々とした様子で椿様の隣に立っていて




お似合いだ





悔しいけど…悲しいけど…

素直にそう感じた



「…っ!」


急に目の前が暗く影って


何かと思えば幸村様の大きな手が私の目を覆っている


「…早く行くぞ…」

「…はい…」



フラフラの私を庇うように

幸村様の震える手がしっかりと肩を抱いてくれて



「…………」



才蔵さんの視線がこちらに向けられていたことに気付かずに

城を後にしたのだったー…














「賑わっているな」


幸村様が言っていた通り、かんざし屋は女子で賑わっていて

女子があまり得意ではない幸村様のゴクリ唾を飲む音が聞こえる


「ふふ…幸村様、私は別にかんざし屋でなくとも…」

「いや、いかん!俺が誘ったのだから…行くぞ!」

「あっ…幸村様!」


戦に行くときよりも肩に力が入っている幸村様の後を急いで追いかけた



「おお!これなんかどうだ?」

「綺麗ですね…けれど私に似合うでしょうか?」

「どれ、付けてやる」

「あ…待ってください…外さないと…」


付けてきたかんざしを外す


(あ…これは…)


いつか京で才蔵さんがこっそり買ってくれた緋色のかんざし

光に反射した緋色の玉が儚げに光って、思わず目を細めた






「才蔵さんの瞳と一緒ですね。綺麗…」

「何言ってんの…行くよ」







あの日の記憶が、まるで遠い昔のことのように感じて



色褪せて蘇る





「名無しさん?」


幸村様に顔を覗き込まれてハッと我に返った


「あ…何でもないです…すみません」



幸村様の切なそうな視線にも気付かないフリをして

緋色のかんざしを懐かしい思い出と共に懐にしまったのだったー…














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