恋乱LB U

□源氏蛍
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蒸し暑さが残る夜、夕げを終えて屋敷に戻る

名無しさんの部屋の前まで来ると、ぼんやりと灯りが漏れていることに気が付いた


「何してんの」

机にかじりつくように、ぺらぺらと書をめくる名無しさんに声をかけると、パッとその瞳が持ち上げられる


「花言葉を調べているんです」

「へぇ…」


嬉しそうに笑う目線の先には、ついこの間俺が贈った大輪のひまわり


「んで、ひまわりの花言葉はわかった?」

「えへへ…ちゃんと調べましたよ」

「…じゃあ何でまだ読んでるの」

「才蔵さんって何でも知ってるから、私も少し勉強しようと思いまして…」

「そ…」


向かい合うように腰を下ろすと、再び視線が手元の書へと落とされる


その眼差しは真剣そのもので、ただ見ているだけなのに頬が緩んだ


「桜には"純潔"って花言葉があるんですね…」

「そうなんだ」

「そうなんだって…才蔵さんは知っていたんでしょう?」

「さあね」


むううと眉間に皺を寄せ、頬を膨らませる名無しさん

その頬を手で押すと、ぷしゅっと空気が抜ける


「やめてください!」

「お前さんがリスみたいな顔するから」

「そんなに膨らんでません!」


クスクスと笑いを溢して頭を撫でると、その顔はすぐに赤らんでフイと視線を逸らされた


「…………」

「…………」


外から微かに蝉の声が聞こえる


長い睫毛を伏せて、書を読む名無しさんをじっと見つめて、その華奢な体をなぞるように目線をさ迷わせていく


細い首筋、綺麗に浮かび上がった鎖骨、柔らかそうな胸



きっと今すぐに押し倒したなら、甘い香りが俺を包んで……



(俺も大概馬鹿だね……)



猛る想いを抑えるようにフッと溜め息をつくと、俺が暇を持て余していると勘違いしたのか、名無しさんが目線を持ち上げた



「暇…ですよね」

「別に」


こうして何をするわけでもない、ただ一緒にいる時間を実は結構気に入っている


勿論、肌を合わせることも堪らなく愛しい


だけどこうして何でもない時間を共に過ごせる女がいることは、ずっと独りだった俺には新鮮で、とても貴重な時間に思えた



「あ、そうだ!ちょっと外に出ませんか?」

「…今から?」

「はい!才蔵さんに是非見てもらいたいものがあるんです!」

「そ。じゃあ行こっか」


立ち上がった俺達はどちらともなく、手を繋いで部屋を出る

そんな些細なことが幸せだ…そう思う俺はやはり馬鹿なのかもしれない























「どこに行くのさ」

「ふふ。それは着いてからのお楽しみです」

「へぇ…お楽しみね」

「…っ!そっちのお楽しみじゃないですよ!?」

「そっちのって…何を想像したの」

「あ…っ!もう…意地悪…」

「お前さんも、こんなところで…結構大胆だよね」

「あー!もう!違いますってば!」


暗くて見えなくとも、彼女が今どんな顔をしているのかは大体想像がつく

きっといつものように頬を染めて、可愛らしい膨れっ面をしているのだろう

  



「あ、ここです」


草むらを抜けて、辿り着いたのは小さな川だった


「ここ?何が…」

「しー…静かに」


名無しさんに言われるまま口を紡ぐと、チョロチョロと流れる川の音以外は静かなものでシンと辺りが静まり返っている












すると目の端でぼんやりと光るものが見えたような気がした


その光は次第に数を増やし、俺達を照らすように飛び交う



「蛍…」

「ふふ。そうです。綺麗でしょう?」



蛍の光に照らされた名無しさんの顔は、どこか儚げで美しい



「こんなとこ、いつ見つけたのさ」

「実は私が見つけたわけではないんです。梅子さんから聞いて、いつか才蔵さんと行ってみたいと思って…」



すると俺の肩に一匹の蛍が止まる



「……………」

「わ…すごく大きな蛍ですね。才蔵さんのことが好きなんでしょうか?」




"蛍は死者の魂"



いつか聞いたことを思い出す


もしそれが本当だとしたら、この蛍達は無惨にも俺に殺された者達の魂かもしれない



俺だけ幸せになるのは許さないと言っているのか…



肩口に止まった蛍は暫く、俺の肩を行き来したあと、やがてフイと飛んでいった




「ほーほー蛍来い、こっちの水は甘いぞー…」


急に口ずさんだ名無しさんの歌声が響く


「…何それ」





















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