恋乱LB

□たしかなこと
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サアーと雨の音が響いている




耳をつんざくような雨音


雨は地面を濡らし、やがて水溜まりを作っていく






目を閉じて音だけに集中する



その音はまるで子守唄のように胸に直接響いて心地よい






あんなに嫌いだった雨の日



いつから普通になった?







瞼の裏に浮かんでくるのは愛しい彼女の笑顔








ああ、そうだ



あの女と出逢ってからだ









俺にとって衝撃的な出逢い






全てが変わった





雨の音も、世界の色も、そして俺自身の気持ちも……






全てが鮮やかに色づいて、生きている






こんなにも世界は美しい








そう俺に教えてくれたのは名無しさんだった












「才蔵さん、起きてますか?」







部屋の前に立っている彼女



様子を伺いにきたのだろう






「入っていいよ」


「失礼します」





盆に乗せられた小さな土鍋を持って現れた名無しさんは俺の顔を見るなり、ホッとした様子で笑顔を作った





「体調はいかがですか?」


「うん、大丈夫」




雨の日になると体調を崩していた俺を心配しているのだろう




しかし最近、体調を崩すどころか雨の日が少しだけ楽しみになっていた










"名無しさんと一緒にいられる"









それだけで俺の心はこんなにも軽く、穏やかになる






「温かいものを用意して来たんですけど、食べられそうですか?」




カパッと蓋を開けると白い湯気と共に、食欲をそそる何とも言えない、いい香りが鼻をくすぐった





その小さな心遣いさえも無性に嬉しくて、愛しさが込み上げる





「ありがと」





火傷しないよう気を付けながら口の中に入れると、名無しさんならではの優しい味が口の中に広がった






「ん…美味しい」


「本当ですか?それはよかったです」




ニッコリと照れながら笑う彼女を見て胸の中が温かくなっていくのを感じる






「ごちそうさま」





ペロリと平らげた器を見て、安心したような表情を見せた







「お粗末さまです」






空いた器を再び盆に乗せて、部屋を出ていこうとする名無しさんの手を取ると、不思議そうに足を止める





「もう少しここにいなよ」




言われるがまま、ストンと隣に腰を下ろすと、白く細い手が俺の手を握った




「寝てなくて大丈夫なんですか?」


「平気」




名無しさんの肩を抱き寄せて、自分の肩に頭を乗せると、糸のように細く長い髪の毛が鼻にかかる





彼女特有の甘い香り






どんなに綺麗な花でも、こんなに甘い香りは出せないだろう







「こうしてると体調良くなる」

「ふふっ。お役に立てているならよかったです」





本当に



本当にこうしていると落ち着くんだ




愛する人が出来て、生まれて初めて生きているという実感が沸く





大切なものを持っていなかった時の自分は、確かに失うものがない分強かったかもしれない





しかし今思えば諸刃の剣というやつだったのだろう




いつ死んでもいいと思っていたあの頃の自分はもういない



誰よりも何よりも守りたいものができた




今は誰よりも強く生きたいと思う









大切な女と……










「…雨、早く上がるといいですね」


「何で?」


「そしたら才蔵さんも少しは元気になれるかもしれません」


「…今も元気だけどね」






そう言いながら頬に手を寄せて軽い口付けを落とす




何回か啄むような口付けを交わすと、自然にお互いの体が動いて抱き合った






「…才蔵さん、大好き」






俺の肩に顔を埋めて呟く名無しさん



応える代わりに抱き締める腕に力を込めると、二人の体はまるで元々一つの体だったかのようにピッタリと重なった







「…お前さんは温かいね」


「そうですか?」




心も体も



俺を温かく包んでくれる優しさ





眩しくて遠ざけながらも、きっと一番欲しかったんだ






すがるように掴んだ手を離さず、繋ぎ直してくれた









「手が冷たい人は心が温かいからだと聞いたことがあります。だから才蔵さんは、優しいんですね」






ひんやりと冷たい俺の手をとって、自分の頬に寄せる名無しさん













心から愛しいと思った



















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