恋乱LB

□あなたは私の全て
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「おいで名無しさん」


(才蔵さん…)


あれ?声が出ない…?



(才蔵さんっ!)



何度叫んでも私の声は才蔵さんに届かない



(待って下さい!才蔵さん!)




才蔵さんは冷たい目で私を見つめて、くるりと背中を向け歩き出した




(お願い!行かないで!)














「行かないで!才蔵さんっ!!」






全身にびっしょりと汗をかいている



視線をさ迷わせると、そこはいつもの部屋



いや、いつもと同じじゃない




ついこの間まで隣にいた人はもういない







"お前にはうんざりだ"








そう言い残して姿を消した才蔵さん






何が何だかわからなくて、私はただ泣くしかなかった



泣いても泣いても枯れることのない涙





才蔵さんが姿を消してから毎日見る悪夢





繰り返される浅い眠り







最後に熟睡出来たのっていつだった?




ぼんやりとした頭でそんなことを考えていると、やはり浮かぶのは才蔵さんの姿





「くっ…ふぅ…」






眠りに落ちる直前まで流れていた筈なのに、私の涙腺は壊れてしまったかのように再び涙を落とす




いつまでこんな苦しい思いをしなきゃいけないんだろう



愛しい人がいないなら…


才蔵さんがいないのなら、もういっそ楽になりたいー…






あれから毎日こんなことを考えている




周りにも心配をかけているのはわかってる



幸村様が京に帰るかと訊ねてきたが、断った


才蔵さんのことを忘れたくない




一緒に過ごしたこの屋敷を離れたくない




そんな思いから、とても京へ帰ることなんてできなかった





「…こんなだから才蔵さんに重いって思われちゃったのかな…」




泣き腫らした目を伏せて自嘲気味に笑う



ぎゅっと握り締めた拳の上にポタリと涙が落ちた





















「おはようございます名無しさんさん」


「あ、おはようございます…清広さん」






腫れた瞼を見られたくなくて、少しだけ顔を伏せながら会釈する



(こんなことをしても清広さんにはバレバレなんだろうけど…)




才蔵さんの代わりに真田家に仕えることになった清広さん



彼は才蔵さんとは違って気分で仕事するわけでもなく、才蔵さんがサボっていた幸村様の朝稽古にもちゃんと参加しているようだ





「…お疲れ様です、朝から精が出ますね」


「いえ…仕事ですから」




私はちゃんと笑えているのだろうか?


何とか誤魔化せてる?


もはや自分がどんな表情をしているのかもわからない





「じゃあ私は朝げの仕度がありますので、これで…」


「…名無しさんさん…」





清広さんに何か言われる前にパタパタと走り去る



今は何も言わないで



ごめんなさい清広さん…






















「うまいな名無しさん!」




朝げを食べながら笑顔で私に話しかけてくれる幸村様


気を使ってそうしてくれているんだろう


でもその優しさが今の私には余計に辛い



「ありがとうございます幸村様。たくさんありますので、どんどん食べて下さい」


「おう!いっぱい食うぞ!な、佐助!」


「…俺もういらないや…ご馳走さま」


「あ…佐助君…」




佐助君はほとんど朝げに手をつけず席を外した



才蔵さんがいなくなってから佐助君はすっかり元気をなくして、隠れて泣いているみたいだ





(…私のせいで…)






「気にするな名無しさん、佐助にとって才蔵は兄のような父親のような存在だったからな…あいつも男だ。時期慣れる」



「…はい」





私のせいで幸村様も大切な家臣を一人失ってしまった



それもただの家臣じゃない




幼い頃からの友であり戦友…





大切な友を失った幸村様が一番辛いのかもしれない


幸村様の方が私よりも才蔵さんとの付き合いも長い



親友が恋仲である私のせいで姿を消したのだから、私のことを憎んで疎んでもおかしくないのに…




















(…泣いちゃ駄目だ…今は我慢…)





「ご馳走さまです!」




結局ほとんど喉が通らず、膳を急いで下げる



幸村様が心配そうに見つめていたが、それさえも気付かないふりをしてその場を後にしたー…



























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