恋乱W

□そして目を奪われる
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ちょっとした用足しを済ませに城下に来ていたある日


爽やかな風が気持ち良くて、つい時間をかけてしまい

早く戻って夕餉の支度を済ませなければと少し急いでいた



(ちょっと近道を通って行こう)



急いでいる時にしか使わない道を行こうと、角を曲がった時



「あっ!すみません!」


思わず人とぶつかりそうになる


慌ててガバッと頭を下げて、路を急ぐと





「お嬢さん!お嬢さん!」





後ろから誰かを呼ぶ声がした


でもまさか自分のことだとは微塵も思わず

足を速めたが、呼ぶ声は一層強くなって



「え…?もしかして私?」



と足を止めた





"お嬢さん"



馴染みない呼ばれ方に、まさかねとは思いつつも素通りした道を振り返る



「そう。貴女ですよ、お嬢さん」



その方は皺を深めてニッコリと笑う



「はあ…すみません。私のことだとは思わなくて…」



呼び止めたのは割りと初老の殿方で

身なりからして、そこそこのお金持ちであろうことが分かる



(というか知ってる人ではないよね…?)




「あのぅ…それで何か御用でしたか?」


私が忘れてる可能性も捨てきれなかった為、恐る恐る訊ねると



その方はいきなり深々と頭を下げた



「えぇっ!?あ、あの??」


あまりにも深く下げるものだから、私はやっぱり顔見知りだったのかと焦る


とりあえずお顔を上げてくださいとオロオロ促すと

その方は困ったように眉を下げガシッと私の手を握った



「やっと…やっと見つけました!」

「はあ…あの…全然お話が見えないのですが…」

「私はずっと貴女のような方を探していたのですっ!」

「へ…?いやいや、あの本当に意味がわからな…」

「是非っ!!是非私に貴女様を描かせて頂けませんか!?」

「……え?」



私は更に話が見えなくて

鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしていたと思う



「ああ、やっと…やっと描きたいと思える方に出逢えた…!」

「え、えーーと…私はその…芸術?というか、そちら方面には疎いのですが…絵描きさんなんですか?」


そうですと、言わんばかりに大きく頷くと握られた手に更に力を込めて
懇願するように私の顔をじっと見つめた



「ずっと…ずっと描けなくて、でも待ち望んでる方は沢山いらっしゃって…
頑張ろうと思うのですが、納得行く出来にはならず…
ならいっそ辞めてしまおうかとも考えたのですが…
待っていてくれる方からの文などを読むと、それも叶わず…どうしようかと悩んでいる時に貴女様を見つけました。」


その方は本当に悲しそうに悔しそうに口元を歪める

どうやらかなりお困りの様子だ


芸術の道も大変なのだと、疎い私でも思わず同情してしまう



「どうか…どうかお願い致します。私に力を貸して頂けませんか!?」



ここまで熱望されてしまったら

私に断ることなんて到底出来ず…



「えっと…あの…私に出来ることでしたら…」













これが後の事件の始まりであるー…



























「おかえり!名無しさん!」

「ただいまー佐助君」


パタパタと帰路につくと、私を見つけた佐助君がニカッと笑って持っていた荷物を取り上げた


「ありがとう佐助君」

「ところで随分遅かったな?寄り道でもしてたのか?」

「うーーーん…寄り道というか、捕まってしまったと言うか…」

「捕まった!?なんだ!?悪いやつか!?」

「ふふ。全然そういうんじゃないよ。心配してくれてありがとう」


軽く佐助君の頭を撫でてやると

佐助君は顔を赤くして、子供扱いするんじゃねー!と、そっぽを向く


弥彦と歳が近いからか、つい弟と同じ扱いにしてしまって


でも

子供扱いすんな!って怒り方はどこの子も一緒なんだなと気持ちが和んだ




「何に捕まったって?」




ふと気が付くと才蔵さんが後ろにいて

肩にポンと大きな手を乗せる



「あ、先生!そうだ!ちゃんと聞いてあげてくださいよ!
名無しさんのことだから、どーせまた変な人に捕まって断り切れなかったに決まってます!」


さり気に鋭い推理力を発揮しながら

先程 子供扱いされたことに、まだぷりぷりしている佐助君



「そーなの?」



口許に綺麗な弧を描いて、才蔵さんはグイッと顔を近づけた




(あの絵描きさんも、どうせ描くならこういう綺麗な人に頼めばいいのに…)




























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