恋乱W

□それでも貴女が愛しくて
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ねぇ、お前は気付いてる?



「幸村様っ!」

「おお、名無しさんか」

「お疲れ様です!良かったらこれどうぞ」

「どうなっつか!いつもありがとな!」

「いえ…たくさん作ったので召し上がって下さい」


幸村と話している時の自分の顔


嬉しそうにクシャリと笑うその表情


幸村しか映さない大きな瞳


そして少しだけ紅く染まった頬



きっとお前は気付いていないんだろうね


「あ、才蔵さん。今日は鍛錬に参加されるんですか?」

「まさか」

「まさかとはなんだ!たまには参加しろ!」

「生憎、鍛錬は任務じゃないんでね」

「任務でなくとも普段から鍛えておく事が武士の基本だ」

「俺、武士じゃないし」

「うっ…」

「ふふ…幸村様も口では才蔵さんに敵いませんね」

「………」


(口では…か)


名無しさんが幸村に特別な想いを抱いていることは、誰の目から見ても明らかだった


当の本人、幸村を除いて…



この乱世に揉まれながらも、誰よりも真っ直ぐで気高く生きる幸村と

純真無垢で心根の優しい名無しさん


これ以上にお似合いの組み合わせはそうそういない


幸村が名無しさんの気持ちに気付くのも時間の問題だった



「よし!残り素振り百本!」

「頑張って下さい!」

「ああ、美味い差し入れありがとな!才蔵も見てないでやるぞ!」

「遠慮しとく」

「はあ…全くお前は…戦場で危険に晒されても助けてやらないぞ」

「はいはい」


熱っぽい瞳で幸村を見つめる名無しさんの横顔


ストンと隣に腰を下ろして俺は名無しさんのその顔を見つめる


長い睫毛に覆われた大きな瞳は、幼い頃の名無しさんの面影を色濃く残して

けれども、女の顔をしていた


(眼中にない…か)



思えば名無しさんが幸村に惹かれるのは至極当然で自然な流れだった


老若男女問わず、誰にでも優しい幸村


それはもれなく、名無しさんにも同じで
女だてらに、男装して城へやって来た名無しさんの心を支えたのは紛れもなく幸村


愛する家族のため知らない土地へ、しかも男と偽ってやってきた名無しさんが最初に心を開いた相手


それが徐々に恋心に変わっていくことを、わかっていた筈なのに

それでいいと思っていた筈なのに


俺は名無しさんと幸村がくっつくことを手放しに喜べないでいる


理由は自分でもわかっている



名無しさんが幸村に惹かれていったように

俺も名無しさんへ心が惹かれていったから


忍である俺に心など必要ない



何度もそう言い聞かせては気持ちを押し殺して

けれどもまた惹かれて


繰り返し繰り返しの毎日


それに重たい任務が加わって、正直俺は疲れていた



こんな日々に終わりは訪れるのだろうかと考えていたある日…









(降るね…)


朝から降り続いていた雨は収まるどころか、激しさを増して城の屋根を叩き続ける


雨の日に任務は受けない俺は、この降り続ける雨にうんざりしていた


部屋でゴロゴロしながら、雨が止むのを待つ



「……………」



ザアアアという音を聞いていると嫌な事を思い出す


あの時も雨が降っていた


アイツを斬ったあの日



そういえば今日みたいに激しい雨が…



嫌なのに


思い出したくないのに



あの日と似たような雨音に、昔の記憶が呼び起こされようとしたその時




「才蔵さんいらっしゃいますか?」


名無しさんの声にパッと思考が中断されて、思わず安堵の溜息をついた


障子越しに彼女の影が見える


「…なに」

「温かいお茶をお持ちしました」

「入って」

「失礼します…」


スラリと障子を滑らせて現れた彼女の手には、小さな盆

その上に湯気立つお茶と、団子が乗せられていた


「…大丈夫ですか?」

「…何が」

「何か今朝から体調が悪そうだったので…取り越し苦労だったらすみません」



…幸村しか映さないと思っていた瞳にも俺が映っていたのか


いつも通りにしていた筈だった


それなのに名無しさんは僅かな変化さえも見逃さない



「…取り越し苦労だよ」

「なら…良かったです」


ほっとした表情を見せて部屋を出ようとした彼女の腕を思わず引き留めてしまう


「っ?何ですか?」

「…もう少し…ここにいなよ」















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