恋乱LB V

□紙一重の入れ知恵
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「名無しさんさん」

「はい?」

「…ありがとうございました」

「…いえ」


清広さんには全てわかっているのかもしれない

清広さんの夕げを作ったことも、私が才蔵さんを想っていることも…


「お休みなさい」

「あ…はい、お休みなさい…」


そう言い残して清広さんは消えた











「ふう…これでよし、と」


後片付けを終えて部屋へと戻る道すがら、さっきまで清広さんが座っていた場所に毛布を置いてみた


余計なお世話だということは百も承知


けれどそれが私の性分なのだから仕方がないと腹を括る


「お風邪など召されませんように…」


小さくそう呟いて部屋へと戻った


(才蔵さん明日もいないのか…)


うつらうつらとし始めた頭で、才蔵さんのことを考える

今頃才蔵さんは何をしているかな…


眠っているだろうか?任務だろうか?


どうか無事でありますように…



そっと瞼を閉じて深い眠りに落ちていったー…







夢の中で誰かの声が聞こえる


"あり…と…ご…ます…"


低く掠れた男の人の声

そして頭をそっと撫でられる感覚


「…才蔵さん?」


返事は勿論ない

でもこの手の感じ…嫌じゃない


温かい…













翌日


「清広さーん」


約束のきな粉餅と熱いお茶を盆に乗せ、庭へ向かって叫ぶ


朝起きた時には、昨夜置いた毛布はなかった

誰かが気付いて片付けてくれたのかもしれない


(朝げの時も清広さん何も言わなかったし…)


朝げを用意すると、昨日と同じように黙々と全て平らげてくれた清広さん

何を思っているのかは全くわからないが

"全部食べてくれた"それだけで嬉しくて、つい頬が緩んでしまう


約束のきな粉餅も自分で言うのも何だが、なかなかの出来だと自負していた


(清広さん、喜んでくれるといいな…)


そんなことを考えていると、庭の向こう側の木の影に誰かがいるのが見える


「清広さん?」


ヒョコッと顔を覗かせてコクリと頷くとゆっくりと歩いてきた


いつもは後ろから声をかけるのに…


「どうしたんですか?」

「驚かせてはいけないと思いまして…」

「ふふ。普通に声をかけて下さればいいのに…」

「…普通の登場の仕方がわからなくて」


(何か可愛い…)


困ったように目を伏せた清広さんにニッコリと笑いかけると心なしか恥ずかしそうに頬を染めた気がした


「一緒に食べましょう!」

「…ありがとうございます」


昨日と同じように縁側に並んで腰かけ、静かな庭を眺めながらきな粉餅を頬張ったのだったー…


















ピリピリとした怒気を放ちながら、甲斐へと急ぐ


里からの急な呼び出しに応じて行ったものの…


(あの糞ジジイ…)


胸糞悪い族長の顔を思い浮かべて、舌打ちをする


彼女と出逢って世界が変わった


それは自分でも気付いている


暗い闇の世界で生きる俺と、明るい光の世界で生きる名無しさん


少しでも近付きたくて


名無しさんの隣にいても恥じぬような男でいたくて


これ以上自分の手を汚すのを躊躇った


今までしてきたことは消せないけれど、これからの未来は違う


そう教えてくれたのは他の誰でもない彼女


そう気付いた瞬間、任務をこなすことが馬鹿らしく感じて

自分を取り巻くしがらみがどうにも嫌で邪魔臭くなった


あいつが最後に言っていた言葉が今ならわかる


"いつかお前にもわかるよ"


大切な女のために命を懸けたあの男


自分には生涯無縁だと思い続けていた


誰かのために命を懸けるだなんて阿呆らしいと思っていた


(まさか俺にもそんな日が来るなんてね…)


今ならアイツと同じ行動をとるだろう


恋人を人質に捕られて里を裏切ったアイツと…



「っ…は…」



甲斐へと向かう脚は滑稽なほどに急いて

形振り構わないほど、会いたいという自分の気持ちに自嘲の笑みが溢れる



彼女は今何をしているだろうか



会えない名無しさんに届かぬ想いを馳せながら、尚も足を速めたのだったー…













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