恋乱LB V

□もしも願いが叶うなら
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目の前の名無しさんは明らかに傷付いた様子で肩をワナワナと震わせている


「…才蔵さんが言ったからじゃないですか」

「…は…?」

「才蔵さんが頼んだことだから!だから私なりに頑張って…っ!」


そうだ

頼んだのは俺で


しかも引き受けないと京まで送らないという脅迫めいた条件で引き受けてもらった


どうしてこんなに苛ついているだろう


何がそんなに気に食わないのだろう


なかなか尻尾を出さないことに苛ついている?

調査が進まないことに腹が立っている?


(いや…)


清次郎と名無しさんが仲良くなっていくのが許せないだけ


自分で自分の首を絞めるとはまさにこの事だろう


近付いていく二人の距離が許せない


かといって俺は、身辺調査をやめにして名無しさんとの繋がりを絶つのも嫌なのだ


どうにもならない板挟みで苛ついて

結局名無しさんに当たっているだけ


全ての糸が繋がった瞬間

素直に気持ちがストンと降りた


ただの我が儘

全て俺がー…



「…才蔵さんは私の調査報告を聞くだけで一回も清次郎様とお話したことないのに…

勝手に疑って、私に押し付けて…

最低ですっ!」


そう言い残して名無しさんはクルリと踵を返し走り去って行った



「いてっ!な、何だ?」


回廊でぶつかったのか信玄さんの声が聞こえる

しかし名無しさんは立ち止まることなく

小さくなっていく後ろ姿を見つめた



「何かあったのか?名無しさん泣いてたみたいだぞ」

「…別に」

「…そうか」


とぼける俺に信玄さんは、腑に落ちない顔をしながらもそれ以上追求することはなく…



「才蔵」

「…はい」

「あんまりあれを苛めるなよ」

「…………」



長い深紅の髪の毛を揺らしながら、それだけを言い残して去っていった



「…甲斐の虎…か」
















「うぅ゛〜…何なのよ…」



少しは近付いたと思っていた

わかってきた気がしていた


でもそれは私の思い上がりで、本当は何もわかっていなかったのかもしれない


「意味わかんない…」


あの人が何を考えて

何をしようとしているのか


確かに大した情報も得られない私は役不足

けれど…


「あんな言い方しなくたって…」


思い出すのはあの時の冷めた瞳の才蔵さん

本気で怒っているような

でも、どこか哀しそうな…


色々な感情がぐちゃぐちゃに混ざり合ったような表情


「もう私の役目も終わりかな…」


ポツリとそう呟いた時、やけに寂しさが襲ってきた


もしかしたら新しく別の子に身辺調査を頼むかもしれない

私の代わりに誰か他の女中を…


(嫌…かも)


どうして嫌なのだろう

京に帰れなくなるかもしれないから?

清次郎様となかなか会えなくなるから?


どれもこれも違う気がする


私の中で一番大きいのは…



「才蔵さんとの繋がりがなくなってしまう…」


これが一番しっくりきた


私がやらなくなればきっと誰か他の子に頼む


そうなればお払い箱になった私は才蔵さんと話すことも、なくなるかもしれない



「そんなの嫌だ…」



自分でも気付かぬ内に芽生え始めていた想い


どんなに冷たいことを言われようとも私は才蔵さんが本当は優しいことを知っている


指に塗られた金創膏を見つめてクスリと笑いを溢す


「…ほんと…意味わかんない」


感情を表に出さない彼が何を考え、どうしたいのか

ぼんやりと考えながら膝を抱えて目を閉じたー…














「名無しさんさん」


(うるさいなあ…)


夢うつつに誰かの声がする


「名無しさんさん」

「ぅ…ん…」

「名無しさんさん、起きて下さい」

「ぎゃっ!!」

「晴信が呼んでいます」


うっすらと目を開けると、目の前に勘助様の顔があった

無表情の勘助様は私が起きたのを確認するとスッと立ち上がり、去っていく


「はる…のぶ…?」


"晴信が呼んでいます"


確かにそう言ったよね?



(晴信って誰だろう…?)


外を見ると既に日が暮れていて真っ暗だ

いつの間にか眠ってしまったらしい


「誰かに聞けばわかるかな…」


部屋を出ると湯汲みを終えたばかりの幸村様が鼻唄混じりに向こうから歩いてくるのが見えた



「幸村様」

「うおっ!びっくりした…どうした名無しさん」

「あの、晴信様という方を探しているんですがご存知ですか?」

「晴信…?誰だそりゃ」

「勘助様に言われまして…」

「勘助様…?お前夢でも見ていたんじゃないか?」


*
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