恋乱LB U

□そしてまた恋をする
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「才蔵さん…」



振り返らずピタリと足だけを止める







「このまま忘れてしまった方が…」







"名無しさんさんのためではないでしょうか"



清広の言葉を最後まで聞かず名無しさんを褥へと運んだ















顔にかかった髪の毛を払い頭を撫でてみる



久しぶりの柔らかな彼女の感触


こうして寝顔を見ていると、いつもと変わらないのに


起きたら俺の名前を呼んで、いつもの笑顔を見せてくれそうなのに






「……っ…」







強く握り締めた拳の上に涙が落ちた




俺達の出会いも


今までの思い出も


愛し合ったことも




何もかも名無しさんの頭の中にはない



どうすることも出来ない歯痒さと、哀しみが涙となってポタリポタリと流れ落ちた
























「ん……」



頭が酷く痛む


体も重たい


薄く目を開けると鮮やかな銀髪がうっすら見える



あ…そういえば…



清広さんを見たときに何故か頭が痛くなって…



倒れた?



(才蔵さんがここまで運んでくれたのかな?)



どうしてこの人はいつも私の側にいてくれるのだろう



怖い人だと思ったけど…実は優しい人なのかな?



いまいち正体がわからなくて、避けてばかりいたが、もう少し向き合ってみてもいいかもしれない





「才蔵…さん?」





垂れていた頭が上がって私を見つめる




「才蔵さんがここまで運んでくれたんですね…ありがとうございます」


「…別に。体調はどう?」


「少し頭が痛いけど…大丈夫です」


「…そ」




切なげに笑った才蔵さんは出ていかないところを見ると、どうやら私の看病をしてくれるらしい





「…どうして才蔵さんは私の側にいてくれるんですか?」


「さあ…?何でだろうね」




言い方は素っ気なく聞こえるが、きっと優しい人なんだ



何となくそう思えた



大した会話はないが沈黙が居心地悪いとは感じない



どこか懐かしささえ覚えるこの時間








私はこの優しい沈黙を知っている…?




何故かはわからないが、そんな感じがした



























「ねぇ」


「はい、何ですか?」


「ちょっと付き合ってよ」




清広を見て倒れたあの日から少しずつ名無しさんは俺への警戒心を解いて、話をしてくれるようになった




以前一緒に行った場所に行けば何か思い出すかもしれない



そう思い町に出たり、屋根に登ったりしてみたが、一向に名無しさんは思い出す気配がない






今日はよく一緒に行っていた甘味処に誘ってみた





「才蔵さんいつもお団子食べている気がしますけど…好きなんですか?」


「まあね」



いつも通り団子を頬張っていると不思議に感じたのか名無しさんがそう尋ねてくる




「じゃあ今度私が作りますよ!こう見えてもお団子作りは得意なんです!」


「へぇ…ま、期待しないで待ってるよ」





(やっぱり思い出さない…か)





まさか自分が毎日俺のために団子を作っていたなんて夢にも思わないだろう



「あっそういえば昔…」


「何?」


「昔桜の木の下で泣いている男の子がいて、その子にお団子をあげたら…笑ってくれたんです。私の作るお団子は魔法のお団子なんですよ!」


「…楽しみにしてる」


「きっと才蔵さんも元気になります!」




ニコニコと無邪気に笑う名無しさん


その泣いていた男の子が目の前にいるのに…




現実は残酷で無慈悲だ





これが今までしてきたことの報いなのか?



彼女の一語一句が俺の心を抉った





















「…才蔵、名無しさんに本当のことを話したらどうだ?」



城に帰るなり、仕事に戻った名無しさんのいない部屋



神妙な顔をして訪ねてきた幸村は前置きもせず、そう告げる



記憶をなくした名無しさんに俺達の関係は喋るなと皆に口止めしていた


俺との関係を知ったら、優しい名無しさんのことだから恐らく思い出せない自分に自責の念を感じて、思い悩むに違いない




そう思ったからだ






「このままだとお前も辛いだろう。いっそのこと全て話して…」




「いや、いい」




「しかしこのままではっ!」




「いいから。何も喋らないで」





















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