恋乱LB U

□そしてまた恋をする
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"どなたですか?"




確かにそう言った




あまりの衝撃に言葉が出ない


俺のことがわからないのか?



記憶が…記憶がない…?




「…薬師を呼んでくる」




ようやくそう伝えると足早に部屋から出た
























「恐らく頭を打った衝撃で記憶が混乱しているのでしょう…」


薬師の診療を終え、名無しさんに悟られないよう女中一人だけを置き別の部屋に移動する


割りと近しい者達だけが集まる中、薬師は険しい表情でそう告げた




診療の結果はいわゆる



"記憶喪失"




しかしおかしいのは自分のことや、武田に来た理由、幸村、佐助など俺以外の者は全て覚えているということ



何故か俺だけが名無しさんの記憶からポッカリと抜けていた




「しかし何故才蔵だけが記憶にないんだ?他の者は皆覚えているのに…」



「私も聞いた話で実際に症例を診るのは初めてですが…頭を打って記憶喪失になった場合、心に強く思っている人だけが抜けてしまうという例を聞いたことがあります…」





心に強く…


これがこんな形じゃなければ、嬉しかったに違いない


しかしその強い思いは名無しさんの心からスッポリと抜けている


思いどころか俺ごと抜け落ちているのだ




「…いつかは記憶が戻るの?」



苦虫を噛み潰したように薬師は重たい口を開く




「わかりません…すぐに思い出すかもしれないし、一生思い出せないかもしれない…」




























「梅子さん大掃除最後までお手伝い出来なくてすみません…」


「そんな…怪我をされたんですから安静にしていて下さい…」




梅子さんは先程から様子が変だ



そわそわと落ち着かない




すると静かに先ほどの銀髪の男性が部屋に入ってきた





「才蔵さん!あのっ…!」


「代わるから。戻っていい」


「はい…」


「あっ…梅子さん…!」




部屋を出る時、梅子さんは泣いていたような気がした



(どうして知らない人が私の看病するんだろう…この人薬師さんなのかな?)




寝ている私の横に座った男性は無表情で何も喋らない


沈黙が気まずくて、とりあえず自己紹介から始めることにした





「あの…名無しさん名無しさんです。初めまして…えっと、薬師さんですか?」



無表情の顔が少しだけ切なげに歪んだあと、すぐに形のいい唇が弧を描く




「…薬師じゃない。霧隠才蔵。忍だよ」


「忍…?」




(何で忍が私の看病するんだろ…?)



理由はわからないが、危害を加えるわけでもなさそうだ





「才蔵さん…よろしくお願いします」


「…よろしく」




顔は一応笑っているが、目は笑っていない



彼の第一印象は"怖い人"



ただそれだけだった






















(初めまして…か)



寝ずに名無しさんの側についていたが、彼女は全く俺のことを覚えてないらしい










特に外傷がない名無しさんはすぐに元気になり、三日目には炊事場に立っていた










"なるべく側にいてください。ふとした瞬間に思い出す…なんてこともありますから"




薬師に言われた通り、側にいられる時はなるべく名無しさんの近くにいたが、それが逆に恐怖心を煽ったようでここ何日かはずっと避けられていた





周りも早く記憶を取り戻せるよう色々と俺の話をしているみたいだが、名無しさんはただ愛想笑いをするだけで、これといった効果はないように見える







手持ち無沙汰になった俺は縁側でボーッと座っていると、清広が音もなく現れた





「才蔵さん…」


「…何」


「任務が…」


「やらない」



清広の言葉を遮るようにキッパリと言い放ったその時、丁度名無しさんが通りがかる


「清広さん…」


「っ!」






清広のことも覚えているのか?


これはいい機会かもしれない





「お久しぶりです。すっかり元気になられたようで良かった」


「えぇ。お陰様で。それより何かご用ですか?」


「はい。才蔵さんに」


「才蔵さんに…?」




すると名無しさんは考え込むように頭を押さえた




「才蔵さんに…清広さんは誰かの右腕で…ぅっ…」



「名無しさんっ!!」





頭を抱え込んだままその場に蹲る


すぐに駆け寄りそっと抱き締めると、苦しそうな表情で俺を見上げた





「頭が痛い…才蔵さん…私…誰か大切な人を…」



「いいから…もういいから…眠れ…」





術をかけると彼女の意識はそのまま遠退く




褥に運ぶため横抱きにしたその時後ろから声がかかった






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