弱ペダ

□向日葵の空
1ページ/1ページ

「東堂さん、俺東堂さんのこと好きです」
「…は、何」
後輩から受けた突然の告白を当然だが受け入れられるわけもなく、どんな言葉を返せばいいかただ思案していた。
「っやはり、この美形東堂尽八!お前が見とれるのも仕方あるまい!」
何事もなかったかのようにすぐ済ませてしまおうかと思ったのに。
腕をぐ、と引かれる。
その強い真っ直ぐな瞳は射抜かれそうな程、俺だけを映していた。
冗談ですよと、今すぐ笑い飛ばして欲しい。
でも現実はそうも上手くいかないもので。
「…嘘じゃないよ?」
「ま、なみ…っ!」
きいたこともない優しい声で囁く真波に敏感に反応してしまった。
体を90度に曲げる勢いで避けた俺に真波は小さく笑う。
「はは。かわいい」
「か、わいくない!」
「でもよかった」
「何が」
「だって、それって少しでも俺を意識してくれてるってことでしょ?」
瞬間、体中にぞわりと嫌な予感が走った。
「…っ真波」
「何ですか?」
その無邪気な笑顔も目も唐突に怖くなった。
「勘違いだ」
「…え、」
「お前は憧れや尊敬の感情を恋愛感情に置き換えて見てるだけで」
「東堂さ、」
「ならんよ、それは。ただの延長線だ」
「東堂さん!」
「っ」
取り繕ったはずの精一杯の笑顔は今にも崩れてしまいそうだった。
「なんで、なんで認めてもくれないんですか」
やめてくれ。
もう、それ以上は。
「俺は坂道君と走ってて確かに楽しいし、チームの大切さも知った。だけど、足りないんだ」
堪えきれなくなってしまう。
「東堂さんが居ないと、つまんないんです。東堂さんをいつも探してる。どうしようもなく、」
寂しいんです。
きこえるかきこえないかの声で真波は言った。
「それを…好きって言うんじゃないんですか」
震える声で問いかけてくる。
思い切り力を込めて後輩の頬を叩いた。
「…俺は先輩だ」
それだけ言って歩いていった。
真波は今、どんな顔をしているのだろう。
―ああ、どうか。
忘れてくれれば。
きっと楽になれるのに。


「東堂先輩!」
「何だ?」
「真波が最近おかしいんですよ。何か知りませんか?」
「やはりそうなのか…それはな、あいつ」
指を突き立てる。
「失恋、したんだ」
「えぇっ!?」
「それでずっと生気が抜けているのだろう」
得意気な顔で答えた俺に真波の同輩は肩を落とした。
「しばらくそっとしておいてやってくれ」
嘘は吐いてない。
そうやって何度も自分に言い聞かせた。


「オイ東堂」
「…」
「ウゼェんだけどォ」
「あ、ああすまんね。何か言ったか荒北?」
「尽八。その肩の傷、誰にやられたんだ?」
「黙秘権を行使してもいいか」
「…真波」
「っ!」
「正解?」
指で作ったピストルをこちらに向けてくる新開に言い訳すらもできなかった。
「嫌、なんだ」
「どういう…」
「あいつの枷になってしまうことが、…怖い」
絞り出すように言葉を紡いだ。
「真波の走る姿は本当に綺麗なんだ。羽根が生えてるみたいに、飛んでるみたいに走るんだ。その羽根を俺が汚してしまうことが…怖いんだよ」
そう言った瞬間、ドアが開く音がした。
俺はその気配に抗うように窓から思い切り外に飛び出していった。
「東堂さん!」
駄目だ。
捕まえられてしまえば、もう逃げられない。
「東堂さん」
「っ…!」
「速いなぁ」
「真…波」
「なあに?」
「俺のどこが、」
「全部。脚も、髪も、目も、指先も、ぜーんぶ大好き」
そう言って、ひとつひとつにキスを落とす。
「自由に走れって、東堂さん言ったでしょ?東堂さんにとっては何でもないことかもしれないけど俺は嬉しかったんだ。俺一番じゃなきゃ嫌だったけど、東堂さんの背中だけは追いかけたいって思った」
気付けば伝っていた涙を止める術も幼いままで知らなかった。
「大丈夫だよ。東堂さんが隣に居てくれれば何だってできる。…俺の、羽根になってください」
「…っ」
「東堂さん」
ずるい。
そんな声で促されてしまえば。
虚勢も強情も、崩れてしまう。
「…はい」
「だーいすきです」
真波は優しい手つきで頬を撫でる。
「…やっと捕まえた」
抱き締められた腕の中はあたたかくて、時が止まってほしいとすら願っていた。
「あ、そうだ!」
「何だ突然。本当に忙しい奴だなお前は…」
「すいません。これから一緒に登りましょう?」
「今からか!?」
「はい」
あっさりと答えた真波に溜め息が零れる。
「見せたい場所があるんです」
その笑顔で釣られてしまうくらいには惚れ込んでいるんだなと思った。


「…すごい、」
目の前には一面の向日葵が広がっていた。
「でしょ?俺のお気に入りの場所なんです」
「でも、何で俺に見せようと思ったんだ?」
「向日葵って東堂さんに似てません?」
「はぁ?」
「笑顔とか。眩しいとことか」
「よくそんな恥ずかしいことをペラペラと言えるな」
「だってほんとのことだもん」
「…なら、この空はお前だな」
「え?」
「俺の醜さも全て包んで笑ってくれる。そうだろう?」
「っ…!」
この場所を俺たちの特別にしたい。
柄にもなく、そんなことを考えていた。
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ